創業者のルーツと理念を忘れた成れの果て

 ファンドのパフォーマンスが保証する利回りを上回り続けるのであれば、こうしたスキームは生存もできよう。しかし、パフォーマンスが低迷し続けた場合、保証した利回りを確保するためにファンドの運用者は損失を累積・拡大させることとなる。それ故、出資者へのリターンを、別の出資者から集めたお金で作り出す「ポンジ・スキーム」に陥るリスクを抱えていた。この永田ファンドが崩壊したのは、「平成バブルの崩壊」が原因だった。

 永田ファンドは1000億円を超える巨額な損失を抱え、山一本体の業績にも多大な悪影響が及ぶ可能性が高まった。一度、モラルのたがが外れた山一にとって損失を隠すことに対する罪悪感はなかったのだろう。海外のペーパーカンパニーに損失を移転するなどして債務を簿外で管理する粉飾決算が当たり前のように行われた。そしてついに、巨額損失を隠しきれなくなり、表面化。山一だけでは対処不能に陥るも、救いの手は伸びなかった。

 バブル崩壊で金融機関の体力が弱体化していたこともある。だが、その状況になる前にも何度も正常化できるチャンスがあったにもかかわらず当時の社長が粉飾を続ける指示をしていたこと、そして何よりもこうしたモラルハザードを起こした組織を救おうとする気持ちはどの銀行にもなかった。

 創業者のルーツと理念を忘れた山一証券の成れの果てはモラルハザードだった。結果的に、自主廃業をするに至った。利益を追求することは会社としては当然の行為だ。しかし、創業者が大切にしてきた高い理念を無視して利益追求に走ったことで、倫理観を損ない、劇薬に手を伸ばしてしまった。この山一証券という一つの企業の破綻は単なる数字上のことにとどまらず、現代の企業経営者の反面教師といえるだろう。

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