ルーツと理念が山一証券誕生のカギ

 小池国三の創業ストーリーは、「ルーツ」と「理念」がキーワードだ。丁稚奉公に出た若尾家でたたき込まれた株式取引の知識と、その時感じた仲買人に対する疑念が小池国三商店としての黎明(れいめい)期の成長を支える原動力となった。そして、国三が掲げる高い理念が顧客を呼び込み、後発の小池国三商店を指折りの仲買人として押し上げた。この「ルーツ」と「理念」こそが、小池国三商店そして山一合資の躍進の鍵だった。しかしながら、廃業間近の山一証券はそれを放棄してしまったかのように見える。

 国三が築き上げた「引受の山一証券」は平成バブルの時代まで健在だった。しかし、バブルで株価が高騰し、個人の株式取引が活発となる中、山一はこのリテール需要を取りきれず、業績は他の大手証券会社に見劣りするものとなった。

 起死回生の策として売り出したのが、通称「永田ファンド」と呼ばれる証券会社に資金の運用を一任する特定金銭信託(営業特金)だった。利回りを保証することは違法だが、損失が出ても補填される永田ファンドは、実質的に“利回り保証型”の投資ファンドだった。山一の業績への焦りが当時の経営陣の倫理観を狂わせた。事実上、高い利回りを保証された永田ファンドに巨額の資金が流入。一時的に業績への懸念を払拭するほどの手数料収入が山一に舞い込んだ。

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