時代を変えた名機Apple Ⅱ

 米アップルコンピュータ(現アップル)は1977年、大ヒットモデルとなる「Apple Ⅱ」を売り出した。前編の「アップル創業まで何があったのか ジョブズという稀有な起業家の軌跡」では、それまでのアップルの歴史を紹介した。Apple Ⅱは商業的に成功を収め、79年にはスペックを向上させた「Apple Ⅱ plus」、80年には東レが販売代理店となった日本市場向けのカナ入力モデル「Apple Ⅱ J-plus」、83年には部品点数を減らした廉価版「Apple Ⅱe」を発売し、アップルの成長を支えることになる。スティーブ・ジョブズ(以下、ジョブズ)にとって、大きな成功体験となった。

 Apple Ⅱの発売当初の価格は1298ドルだった。 666ドル66セントだった「Apple I」と比較するとほぼ倍の価格だ。総務省の小売物価統計調査(動向編、77年)では、東京都区部における乗用車の価格が96万2000円だったのに対し、Apple Ⅱは77年の為替レートで換算すると35万円強となる。

 Apple Ⅱが優れていたのは、基板の状態で販売したApple Iと違って、完成品としてパッケージ化したことや、カラー出力が可能だったことなどが挙げられる。また上級者にとっては拡張性があって改造が可能であり、中級者にとっては電子工作をすることなくパーソナルコンピューター(PC)を利用できたというターゲットの広さがある。さらにジョブズのこだわりによって設計された本体のデザイン性の高さも無視できない。他社の武骨なものとは異なり、Apple Ⅱは洗練された芸術品のような様相すらあった。

Apple Ⅱは、本体にキーボードが付属していた。フロッピーディスク用のドライブやディスプレーなども販売された。データの入出力が可能となったことでゲームやプログラムのやり取りが盛んになったといわれている(写真:Shutterstock)
Apple Ⅱは、本体にキーボードが付属していた。フロッピーディスク用のドライブやディスプレーなども販売された。データの入出力が可能となったことでゲームやプログラムのやり取りが盛んになったといわれている(写真:Shutterstock)

 成功を受けて、名機Apple Ⅱを超える1台を作ろうとジョブズはまい進するが、歯車はだんだんと狂い始める。

 また、アップルの順風満帆な成長とは異なり、プライベートでのジョブズは不可解な生き様を見せていた。

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