負のスパイラルに陥ったアップル、ジョブズが劇的復活へ

 93年までスカリーはアップルを率いることになる。拡張機能を持った「Macintosh SE」や、初のポータブルPCとして発売した「Macintosh Portable」など意欲的な製品も発売したが、ライバルのPCには大きく水をあけられてしまった。次のアップルのCEOとなったマイケル・スピンドラーの時代でもその状況は変わらず、アップルは次第に負のスパイラルに陥っていく。

 ジョブズは、アップルから追い出された後、教育、ビジネス用の高性能なコンピューターを開発・製造するNeXTを設立し、名誉職だったアップルの会長職を辞任した。当初は教育機関などに向けたハイエンドPCを作ることを目標としていたが、高すぎるスペックや価格設定からPC自体は期待したほどのヒットにはならず、93年にはソフトウエア企業となる。この方針転換がジョブズをアップルに引き戻すきっかけとなった。

 96年、アップルはギル・アメリオをCEOに迎える。物理学者でありながら企業再生にたけた彼は、アップルの再建を任されることになる。この時のアップルは中核となる技術力が失われつつあり、次世代OS(基本ソフト)の開発も頓挫していた。アメリオは自社開発を諦め、外部からOSの軸となる技術を転用ないしは購入することを決める。

 そうした事情をジョブズは聞きつけ、アップルに接触を図る。ちょうどその頃、ジョブズは経営状態が良好とは言えなかったNeXTの売却を考えていた。NeXTには次世代OSの核となる技術やそれをリードできる技術者がおり、アップルにとっては最高の助け舟となった。導入まで曲折はあったものの、アメリオはNeXTのOS(NeXTSTEP)を利用することを決め、同社を買収した。この判断は、アップルの次世代OSを生み出し、今のアップルのOSの核を形作った起死回生の判断だったと言えるだろう。

 ただ、この買収はアメリオにとってはあまり幸せな結果をもたらさなかった。彼が呼び込んだジョブズと、すぐに仲たがいを起こしてしまったからだ。結果として、アメリオは、97年にはCEOを退任することになる。アップルの経営トップの席は、まるで椅子取りゲームのような様相を見せていた。

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