ジョブズ、アップルから追い出される

 84年1月、アメリカンフットボールの最大の試合、スーパーボウルのテレビ中継で、映画『エイリアン』や『ブレードランナー』で名をはせたリドリー・スコット監督が製作したMacintoshのコマーシャル『1984』が流される。Macintoshは優れたマーケティングと設計思想によりApple Ⅱを超える大ヒットとなる可能性を秘めていた。実際、GUIやシンプルなPC設計は現在のmacOSだけでなく、他のPCにも多くの影響を与えることになる。

MacintoshはデスクトップPCだが、持ち運ぶことも想定され、キャリングケースも用意されていた。ただ本体だけで7.5kgあり、実際に持ち運ぶには重かった(写真:Shutterstock)
MacintoshはデスクトップPCだが、持ち運ぶことも想定され、キャリングケースも用意されていた。ただ本体だけで7.5kgあり、実際に持ち運ぶには重かった(写真:Shutterstock)

 だが、Macintoshは84年末に需要の読み違いを起こす。年末商戦では期待ほどの売れ行きにならず、アップルは初の赤字に陥ってしまった。当時CEOだったジョン・スカリーとジョブズは「ダイナミック・デュオ」と呼ばれるほどパワフルで良いコンビとされていたが、その内情は対立関係にあった。スカリーはMacintoshの売り上げ予測を外したことの責任をジョブズに迫り、85年5月、ジョブズはアップルにおける全ての業務から外され、実権のない会長職に就くことになる。

 スカリーはもともと米ペプシコ(ペプシコーラ)の事業社長だった人物だ。類まれなるマーケティングスキルを持ち、米国の炭酸飲料王者の米コカ・コーラに迫る実績を上げたブランドづくりの達人だった。そんなスカリーに

「あなたは、一生砂糖水を売り続けたいのか、それともあなたは私と一緒に世界を変えたいのか?」

 と強烈なラブコールを送って引き抜いてきたことはあまりに有名だ。自らが招いた人物によって、自分が創業したアップルを追い出されたのは皮肉としか言いようがない。

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