松下幸之助が起業した2つの理由

 彼を起業へとまい進させたのは「不服」と「健康」が理由だ。大阪電灯でメキメキと頭角を現した幸之助は、これまた最年少で検査員という点検を主にした職に昇格する。それと前後して仕事にも余裕が出た幸之助は、実地で感じていた課題を解決する試作製品のソケットを発明。ネジへの巻き付けを不要にすることで、取り付け技術を不要にするというもので本人としては世界を変える発明だった。自信満々で上司に見せたところ、「使いものにならない」と一蹴され、自分で事業を興すと奮い立たせたそう。

 余談だが大阪電灯は経営危機にひんし、大阪市の買収により1923年に廃業することとなった。結果論ではあるがあのタイミングで起業した幸之助の考えは正しかったのかもしれない。

 そして、多くの現場で寝ずに働いたことがたたり、肺尖(はいせん)カタルという病にかかる。体が弱く、風邪引きなどは常ということで、将来に一抹の不安を感じていた。そのために早く独立をし、将来の方針を立てなければという気持ちも次第に強くなったのではないだろうか。

 1917年、借家の一部を改装し、事業を開始。その時代のガレージ創業といったところだろうか。その際、創業時に社員となったのは大阪電灯時代の同僚2人と、夫人の弟の井植歳男だ。14歳ながら創業に立ち会った井植は、第2次世界大戦後に三洋電機株式会社を創業することとなる。

 創業の品として選んだのは、大阪電灯時代に上司の反応が悪かった「電灯用ソケット」だ。これが売れると確信した幸之助は、少ないお金とアイデアで苦心し、4カ月の期間をかけて製品化。自信満々で大阪中のお店に持ち込んだが、全く売れなかったと言う。妻は、家中のものを売りなんとかギリギリで会社と家計を支えたが、給与が払えず同僚2人には退職してもらうこととなった。パナソニックの歴史は失敗から始まっていた。

 そんな困窮状態を好転させたのは、川北電気という扇風機を取り扱うメーカーからの依頼。年の瀬のタイミングながら、超短納期で1000枚の部品を納品するという、あまりにも難しい仕事だった。この依頼は、不人気で売れ残ったソケットがキッカケとなり来た依頼と言われている。

 井植と共に、寝ずに1000枚をなんとか納品したことで、経営の窮地を乗り越えた幸之助。その後、川北電気からの信頼を得続けて2000枚の発注を受け、定期的なキャッシュインを得ることに成功。綱渡りの経営からの脱却に成功したのだった。

松下電器製作所として

 オリジナル製品としてヒットを飛ばした、幸之助。二股ソケットとよばれる電球のソケットに2つの電球を刺すアタッチメントを開発。コンセントの無かった日本の部屋に、電灯を延長することができる改良アタチン(アタッチメント)を開発するなど、瞬く間にヒットした。

 本製品は、似たコンセプトのものも多く存在していた。しかし、切れた古電球の口金(ソケットとのつなぎ合わせ部分)を購入し、一部の部品をリサイクルして再利用。徹底的なコストカットを行い、競合製品よりも人気となった。ここには、幸之助の事業の軸となった「水道精神」を感じ取ることができる。

 製品の軸は薄利多売とし、水の様に多くの人が簡単に手に入れられる存在を目指すといったもの。1918年には第1次世界大戦も終戦し、日本全体が好景気に湧いた時期。製品開発と販売を続け、個人商店から一大企業へと突き進んだ。

1960年の雷門の大ちょうちん再建には松下幸之助が関わった。下輪の部分には松下電器と表記されおり、リニューアル後も表記は松下電器のままだ。
1960年の雷門の大ちょうちん再建には松下幸之助が関わった。下輪の部分には松下電器と表記されおり、リニューアル後も表記は松下電器のままだ。

 また、「砲弾型電池ランプ」や「ナショナルランプ」、「スーパーアイロン」などの製品も生まれた。余談だが、ナショナルという名に一部の人も懐かしく感じるだろう。2008年までパナソニックの一部のブランドはナショナルという名称だったが、ブランドの分化や、他国輸出する際に日本製ながらナショナルというネーミングが問題視されるなどの理由があり、現在では使われていない。

 そんな大成長を推進した幸之助だが、世界恐慌のあおりを受け会社が傾くことに。大リストラを行うしかないと社員に迫られたというエピソードが残っている。それに対して幸之助は、会社は人によって成り立っている。だから絶対に従業員は切らない。と断固とした姿勢で臨んだそう。

 通常であれば、楽に会社存続をできる道を考えるが経営者。だが、共倒れになるリスクを背負ってまで全ての社員を守った。その結果、社員の士気は高まり苦境を乗り越えたとも言われている。世界恐慌後の反動のバブルでは、人を切らなかった結果、急速な成長にも成功した。

 松下幸之助評をひもとくと、人を愛し、人たらしであると言われている。自ら矢面に立ち、簡単には折れないしなやかさが松下幸之助イズムであると私は思う。そんな人だからこそ、幸之助は今でも愛される人なのではないだろうか。

=文中、敬称略
(文/宇佐美フィオナ)

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