そして東芝へ

 久重の技術者人生の集大成として立ち上げたこの店舗兼工場は、二代目田中久重によって田中製作所となった。それこそが総合電機メーカーである東芝の源流である。その後、82歳でその生涯を終えるまでの6年間、様々な機械の製作にいそしんだという。

 そんな久重はまさに「老当益壮(ろうとうえきそう)」を体現していたと言える。久重のこうした衰えを知らない起業家精神・技術者精神は、現代においてこそ学ぶところが多い。高齢化社会が進展し、定年が延長される現代社会では、これまで以上にベテランの躍進に期待がかかる。

田中久重肖像(画像提供:東芝未来科学館)
田中久重肖像(画像提供:東芝未来科学館)

 現代では、AI(人工知能)や暗号資産(仮想通貨)など最新技術を応用したサービスや製品が次々登場している。進歩を続ける技術の前に、ベテランたちはどう立ち向かうべきなのだろうか。進歩のスピードについていけず、起業家・技術者としてのキャリアをみすみす終えてしまうのは勿体(もったい)ないことだ。技術自体に人気がなくなれば、新たなものを学ぶ。そんな姿勢は、定年後も社会との関わりを続けようとする人の模範ともいえるのではないだろうか。

 久重は以下のような言葉を残している。「事を成就するには、志があり、忍耐があり、勇気があり、失敗があり、その後に成就がある」と。久重のように、強い興味を失うことなく、常に学びを取り入れ、失敗を恐れずに新たな領域に挑戦することこそが、人生100年時代を生きる我々に必要な精神だと言えよう。

 そんな久重の理念は残念ながら現在の東芝からは薄れつつある。田中商店の創業以来、社齢は100年を超え、企業としては円熟期を迎えた。総合電機メーカーの雄として君臨し続けてきた東芝であったが、近年注目を集めるのは、創業者が志したようなイノベーションやインベンションへの挑戦ではない。粉飾決算、上場廃止危機、子会社売却や身売り問題など、ネガティブな内容が大半を占め、企業決算もさえない内容が続いている。量子暗号通信技術、マイクロRNA(リボ核酸)など新規研究についてはまい進しているが、中核となり得る様な新規ビジネスに育つまでには時間がかかるだろう。老齢となった東芝は、大塩平八郎の乱で全てを失ったときのような苦境に立たされていると感じて欲しい。そして、久重のように挑戦を続け、企業としての再興を願っている。

=文中敬称略

(文/大崎 匠)

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