星野:そこで米国の大学院に留学しました。大学時代にハワイのリゾートホテルを見て「格好いい」と思ったからです。同じ宿泊施設でも、父の温泉旅館とは全然違う。「うちの実家を、あんなふうにしよう」と考えたわけです。
しかし、米国でできた友人たちは一様に、私の考えに否定的でした。「日本で100年近い伝統を持つ旅館が、なぜ欧米のモノマネをしたがるのか」と。そんなのは「格好悪い」という評価なのです。
そこで私が達した結論は「温泉旅館を格好よくしよう。自分にはこの道しかない」。格好悪くても引き継ぐ。けれど、世界に誇れるものに変えていこうと思った。
そのために、自分はどうあるべきか。そこで「いい経営者」になるのだと決意した。こうして私は、「いい経営者を目指す」という、新しいアイデンティティーを得て、帰国したわけです。
なぜ、父を解任したのか
石坂:いよいよ後を継ぐ覚悟を固めたわけですね。けれど、お父さんと衝突してしまった。
星野:父のやり方が、私の考える「いい経営」と、あまりにかけ離れていたのです。
「いい経営」とは、従業員がモチベーション高く、いきいき働き、それが顧客満足につながるような経営。そんな好循環が生まれる良いチームをつくり、支援し、リードするのが「いい経営者」。それが米国で学んだ私の考えでしたが、父のスタイルはまったく違った。パワフルだが独善的で、従業員を軽んじていると、私は感じました。
ただ、私は一気に改革せよと迫ったわけではありません。「最低限、公私混同はすぐやめよう。会社のお金やモノを、経営者一族の生活に使うのはやめよう。隠しているつもりでも従業員は見ているし、それではモチベーションが上がらない」。最初の一歩として、そう控えめに主張したつもりが、逆鱗に触れた。しかも私の主張を支持する人も出てきたものだから、平穏だった社内がざわついたのです。そして父と雌雄を決するしかない状況に至ったわけです。
石坂社長の場合は、会社がピンチに陥ったから、後を継ぐ覚悟が固まった。一方、星野代表は、後を継ぐ覚悟を固めたことで、社内が一時、混乱した。いずれにしても、先代との関係は一筋縄では行かないのですね。
星野:「いい経営」の基準は、時代によって変わります。だから、世代交代の時期に、新旧の価値観が衝突するのは、無理からぬところがあります。石坂社長の場合、お父さんとの関係はソフトランディングでしたが、それは、会社が置かれた環境がハードだったから、お父さんが折れたという側面があります。一方、私と父は、ハードランディングでした。ただ、ハードランディングが一概に悪いわけではありません。次回は、この問題を深めていきましょう。
(この記事は日経BP社『日経トップリーダー』2016年3月号を再編集しました。構成:小野田鶴、編集:日経トップリーダー)

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【人材教育編】「自分で考える」のは面倒くさい? 仕事の醍醐味を伝える
【キャリアアップ編】「社長=父」、この繊細にして偉大な上司の生かし方
【ワークライフバランス編】バツイチのワーキングマザーが、心の安らぎを取り戻すまで
【コミュニケーション編】社長業は、社員とのあいさつ一つから真剣勝負
エピローグ ―― 笑われてもなお、夢を描き続ける
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