中興の祖が会社を停滞させるのはなぜ?
第1回:カルビー・松本晃会長兼CEOと考える「創業家の見識」(前編)
[視点]
ファミリービジネスで後継経営者を決めるとき、3つの選択肢があります。
第1に、創業家のメンバー。
第2に、創業家出身でない社員、役員の内部昇格。
第3に、社外からの招へい。
外部招へいの成功例がカルビーです。創業家から7年前に経営を託されたのが、会長兼CEOの松本晃さん。米ジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人の社長を9年務めた実力者です。その指揮の下、カルビーは7期連続の増収増益を記録しています。そんな松本さんに創業家の役割を聞きました。
(星野佳路)
松本 星野さん、ご来社ありがとうございます。この本社(東京・丸の内)に、ぜひご案内したい場所があるので、いらしてください。
星野 一見したところ、開放的なオフィスですね。フリーアドレスで、会議室もガラス張りだ。
松本 そこに1つだけ、外から中が見えない、扉のついた部屋があるのです。こちらです。
星野 ここは、何の部屋ですか。
松本 創業者のご子息たちの部屋です。社外の人に見せるのは、初めてです。6年前にオフィスを移転したとき、個室はつくらないと決めたのですが、ここは特別です。ただ、以前は1人1部屋ずつ持っていらしたのを、私から頼んで、全員で1部屋にしてもらいました。
私は創業者の三男とのご縁で、この会社の会長兼CEOになりましたが、引き受けるとき条件をつけました。「私を選んでくれたのに悪いのですが、松尾さん(三男)、役員を退いていただけませんか」と。聞き入れてくださいました。
星野佳路(ほしの・よしはる)
1960年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、米コーネル大学ホテル経営大学院に進学し、修士号取得。88年星野温泉旅館(現星野リゾート)に入社。いったん退社した後、91年に復帰して社長に就任
星野 すごいですね。松本さんの提案もさることながら、聞き入れる創業家の度量がすごい。
松本 そうです。私は口が悪いので、創業家に辛らつなことも随分言いますが、自由に議論させてくれる。インテリジェンス(知性)の高い、優秀な方たちです。
星野 どんな一族なのですか。
松本 家風は質実剛健ですね。5年前の上場後、株価が上がって困惑されておられるようです。創業者の松尾孝さんが1949年に広島で設立した松尾糧食工業が、現在のカルビー。創業者の後は、その長男が5年、三男が13年、それぞれ社長を務めました。いわば三男が中興の祖です。
さて、そろそろ腰を落ち着けて本題に入りましょうか。
創業家と老害の関係とは
松本 カルビーの創業家一族による経営は、90年代までよく機能していました。しかし、2000年代に入って、踊り場を迎えた。売り上げの成長が止まり、利益がじりじり減り始めたのです。
星野 それは、創業家による経営の限界だったのでしょうか。
松本 そうとは言えません。当時のカルビーでは、様々な事情が重なりましたから。
ただ一般論としては、中興の祖は老害を招きやすいものです。
星野 なるほど。私も含めて創業家出身の経営者は大抵、在任期間が長いものです。だから興味があるのですが、そんな中興の祖が会社を停滞させるのは、なぜですか。
松本 長くやるのは、やはり優秀だからでしょう。ただ、ファミリービジネスに限らず、およそ経営者の在任期間とは「長きをもって尊しとなす」ではないと思います。むしろ「権不(けんぷ)十年」。どんな人でも権力を10年以上持ってはならないと、私は考えます。
唯一の例外が、創業者ですね。
星野 おっ、そこは違うのですか。同じ長くやるのでも、創業者と後継者では違うのですか。
松本 創業者というのは、本当にいろいろな苦労を経験しますから。なおかつ、創業する人は数あれど、倒れる人も多く、生き残る人はごく一握りです。つまり生き残った創業者というのは、間違いなく優秀なんです。
松本 晃(まつもと・あきら)
1947年京都府生まれ。京都大学大学院修了後、伊藤忠商事入社。93年にジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人に転じて社長などを歴任。2009年からカルビー会長兼CEO(最高経営責任者)
星野 つまり、会社を成長させる過程の苦労を理解している人なら長くやってもいい、ということですか。
松本 そうですね……。成功した創業者というのは多分に、自分の仕事にしか関心を持たないものです。英語で言うなら、「デディケイト(dedicate/専念)」している。しかし、その後の世代の人は、ほかのことにも興味を持ちますよね。どんなに優秀でも、後継者が社業に100%フォーカスするのは難しいでしょう。
星野 「ほかのこと」というのは、例えば、社会貢献活動のようなことですか?
松本 そうそう。それと趣味。
星野 趣味……。
松本 道楽ね(笑)。
後継者は道楽に走る?
星野 いやあ、確かに。名前は言えませんが、一瞬で数社、頭に浮かびました(苦笑)。創業者の献身と、後継者の道楽。これは耳が痛い。しかし、どうしてですかね。私は、後継者になる人たちのためにファミリービジネスを研究しているのですが。
松本 創業者と後継者では、自分の仕事に対する「好きさ」が、決定的に違うのですよ。それはもう、後継者の人間性とか徳の問題ではなくて、そういう性質のものなのです。だから、トップの座に長くいてはいけない。
星野 では一般論として、創業者のパフォーマンスを後継者が上回るのは難しいのでしょうか。
松本 創業者が偉大過ぎなければ可能でしょう。実際、優秀な2代目、3代目は多くて、なかには経営者としての資質と情熱を併せ持ち、創業者に準じて長く経営していい人もいるでしょう。
星野 私自身の経験から考えると、小さな会社ならば、息子や娘が継ぎやすいのですが、規模が大きくなると難しい。それは、小さな会社を成長させるという経験が、経営者自身を育てるところが多分にあるから、という気がします。
松本 加えて、競争環境の変化もあるでしょう。100年前からやっている旅館を、今日も明日も来年も、同じように経営すればいいなら、深く考えずに息子や娘に継がせてもあまり問題はない。
けれど、今のように外資系ホテルの上陸もあれば、ネットを使った民泊も台頭するといった、競争が激化する状況では、油断もスキもありません。相当に優秀な後継者を選ばなくてはなりません。
(この記事は日経BP社『日経トップリーダー』2016年5月号を再編集しました。構成:小野田鶴、戸田顕司、編集:日経トップリーダー)
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