小池百合子都知事のスピーチには、聞く人の聴覚と視覚に訴え、相手の心を動かす数々のテクニックが使われている。首相経験者らのスピーチコンサルタントを務めた自己表現の専門家、佐藤綾子氏が語る「小池流巻き込み話法」とは。
トランプ米大統領が選挙中に独特のジェスチャーなどで相手の視線をくぎ付けにした(前回参照)のと同様に、小池百合子都知事も選挙中に多くのスピーチテクニックを使いこなしました。そうした意味で小池百合子都知事は、トランプ米大統領の女性版と言ってもいいでしょう。
そこで今回は、ビジネスパーソンも簡単に取り入れられる小池都知事流のスピーチ技法を解説します。言葉の使い方とジェスチャー、そしてモノを使ったアピール方法です。
あだ名は「マダム・キャッチー」
東京都知事選の最中から、私が小池百合子氏に付けているあだ名があります。それは、「マダム・キャッチー」です。小池都知事は、さすがマスコミ出身者だけあって、東京都知事選の最中からスピーチでは絶妙な言葉の選び方をしました。相手の耳を捉え、後に口コミで拡散するような「キャッチー」な単語を必ず使うのです。
代表的な2つの手法があります。
小池百合子都知事のテクニックはシンプル。「ぜひ取り入れて」と佐藤綾子氏
まず、言葉の音をそろえてリズムをとるテクニックです。例えば、選挙公約になっていた3つのシティ、「スマートシティ」、「セーフシティ」、「ダイバーシティ」です。
安全な都市「セーフシティ」と技術や情報が進んでいる先進都市「スマートシティ」の「シティ」は、「町」を意味し、「ダイバーシティ」は一語で「多様性」。末尾のスペリングも“city”ではなく“diversity”で“sity”です。それぞれ意味は異なります。
しかしカタカナで並べれば、同じ「シティ」。また、「3」がマジックナンバーと呼ばれるように、人間にとって3項目にまとめられた情報は記憶しやすい特質がありますから、聞く人の耳にも頭にも心地がいいものです。
さらに小池都知事は、ある言葉を連発しました。今でもよく使われている「都民ファースト」です。都民が第一、そんなことは言わなくても当たり前です。しかし、当たり前であっても「都民ファースト、都民ファースト」と今までにない表現で、何度も連呼されると、聞く側にはまさにそれが新しい時代に合った重要なコンセプトだと不思議と思えてくるのです。
耳に残る「音」の繰り返しに加え、「視覚」に訴える高度なテクニックも小池都知事は使いました。ジェスチャーです。
例を挙げましょう。
「補助動作」で視覚的インパクト
「皆さんのお一人お一人の力で、私を一段一段と上にあげてください」と言う時、彼女は「お一人お一人」と言いながら右手の人差し指を1本立て、相手に押し付けるようにしっかりと振りました。さらに「一段一段」と言いながら、今度は手のひらで段を作りました。
このように言葉の意味を補完する動作を「補助動作」といいます。言葉の意味を強め、見ている人にとって理解しやすく、印象深いものにします。もし万が一、言葉が弱く十分伝わらなかった場合でも、視覚的なインパクトを残します。
この技法は手軽にできますからぜひ実践してください。「一人ひとり」「一段一段」は小池都知事でなくても、様々なスピーチでも使いやすいワードです。手振りを入れて使ってみましょう。
スピーチにうまくジェスチャーを入れるためには、原稿づくりの段階から、言葉の意味に一番ふさわしい動作を考えておくことです。そして、「ここで両手を大きく開く」などと原稿に書いておくのです。
欧米人と異なりジェスチャーを入れて話す習慣のない日本人にとっては、ハードルが高いかもしれません。ですが、これは相手に伝えるために欠かせない技法です。
トランプ大統領と小池都知事の共通点は「グリンプスバイト」。聴衆が「一瞥(いちべつ/グリンプス)」した一瞬に「かみつく(バイト)」ようにその心をわしづかみにしてしまうことです。
ジェスチャーだけではありません。トランプ大統領は自分のパワーや気持ちを存分にアピールするために、大統領就任演説の際に聖書を2冊持ち込みました(前回参照)。このようにモノを使ったアピール方法を、パフォーマンス心理学で「オブジェクティクス」といいます。同様に小池都知事も、オブジェクティクスを使った表現技法を多用しました。
衣装で「アテンションをゲット」する
まず、誰が見ても分かりやすかったのは、「百合子カラー」と名付けて「皆さん緑色のもの持って集まって下さい」とコアな支持者に呼びかけたことです。緑のスカーフに緑の洋服、中にはホウレンソウを持って駆けつけた主婦もいて、彼女の行く先々が緑の海になりました。
2016年の東京都知事選で小池氏の応援に駆け付けた支持者たち(写真:Natsuki Sakai/アフロ)
このことで、パッと見てすぐに、小池シンパが広がっているという印象づけに成功しています。目で見てわかる自分のパワーをどうつくっていくか。リーダーはこの点に留意することが大切です。
米国ではトランプ不支持の女性議員たちが白いジャケットを着るなど定番となりつつありますが、日本ではまだ珍しい手法。小池都知事はそれをいち早く取り入れたわけです。
ホウレンソウで緑、とはニュースにもなりやすい。さすがメディアに熟知した小池都知事らしい手法です。
2つ目のオブジェクティクスは、装いに関するものです。
女性たちが集まるとよく出てくる会話が「小池さんって、スーツを何着持っているのかしら」です。毎度スーツを変えて登場するか、同じスーツで登場する場合でも、スカーフを変えます。
どちらかというと首が短めで、年齢的に横に走る首のシワが気になるからか、首元が隠れるようにスカーフをしたり、ハイネックのセーターを着たり、あるいは大きめのネックレスをするなど、常に工夫をしています。
そういったスカーフも含めて、女性たちは「小池さんは今度どんな服で現れるかしら」と思うのです。登場すればそのファッションにも目を奪われる。石原元都知事が「厚化粧」と言いましたが、一瞬目をひけば、それだけで最初のアテンションゲッター(注意を引き付ける人やモノ)として成功です。政治家は大衆に受けたほうが勝ちです。
よく靴が大事だといわれますが、第一印象で重要なのはむしろ首元の装いです。典型的なのが、男性のネクタイ。首元はまずそこに視線が行くところで、相手が一番気になるところです。また、テレビカメラが最初にパッと捉えるのも、演説中に聴衆の視線が切り取るのも、本人のバストアップ画像が多いでしょう。ですから女性でも男性でも首回りのVゾーンのオブジェクティクスは大事です。
小池都知事ならスカーフやネックレスです。トランプ大統領なら赤いネクタイで、特に戦闘モードのときに赤いネクタイを締めて印象づけます。私がテレビ局から頼まれ分析したところ、選挙演説の4回のうち3回が赤いネクタイでした。
ネクタイは面積が小さいですが、男性はここが勝負どころ。民主党鳩山さんの金色ネクタイ、海部元首相の水玉ネクタイ、現在のトランプ大統領の赤色ネクタイ……。これらはみなさんの記憶にも残っているでしょう。彼らの色彩センスだけでなく、そこからは力強い思いが伝わるのです。
(構成:福島哉香、編集:日経トップリーダー)
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