そんな窮地に立たされた掛札を救ったのは、二代目の妻である香代子さんの一言でした。

 「私が見ていて、欲しいな! という色がなかったんです。『紫』といえば、どこにでもある『紫』であって、オシャレ感がないんです。もっさりした色やなぁ、って……」

 奥様! なかなか辛らつなお言葉ですが、確かに、風呂敷というと昔ながらのシックな色使いのものが多いですもんね。

お父さん、下手くそやなぁ~

「思い切って、今までにない色や、他所にも掛札にもない色の注文を言ってみました。『お父さんの腕ならできるやろ? え、できないの? お父さん、下手くそやなぁ~』って(笑)」

 うひゃ~! 男にとって、職人にとって、一番刺さる言葉ですよね! で、二代目、どうされたんですか?

「そりゃ、腹立ちましたよ!」

 そうですよね。

「ほなら、やってみようやないか! となりました」

 ……奥様、お見事です!

 この奥様の一言で、京都掛札は大きく舵を切ることになります。

 しかも、掛札の強みは、自社で全て製造していたこと。分業では難しかった細かいオーダーも、形にできたことで、淡いピンクや薄いブルーなど今までになかったパステルカラーの風呂敷が誕生したのです。

お父さんの奮起から生まれたパステルカラーの風呂敷

 他にはない京都掛札の風呂敷作りに興味をしめしたのが、誰あろう、歌舞伎役者の十八代目・中村勘三郎さん。

 2005年、勘三郎を襲名する際、内祝いで配る風呂敷を掛札に発注したのです。

 当時のことをよく知るのが、掛札の風呂敷のデザイナーである、長男・英敬さん。実は、オーダーを受けた時には、もうすでに、勘三郎さんの方でデザインは決まっていたそうなんです。

「デザインは依頼されていなかったんですが、歌舞伎の世界では『紋』を大切にされているのは分かっていました。そこで、デザインがパッと浮かんだので一応、送ってみたんです」

 その時のデザインというのが、中村屋の家紋である「角(すみ)切(きり)銀杏(いちょう)」を、沢山の小さな銀杏の葉で表したものでした。

「そのデザインを勘三郎さんに気に入っていただいて、予め決まっていたデザインの絹の風呂敷とは別に、木綿の風呂敷を合計2種類作ることになりました」

 大勢の人に配る予定だった襲名披露の風呂敷を、英敬さんのデザインにより生地を絹より安価な木綿に変えて作ることになったのです。

 そしてこれが、今まで絹の高級風呂敷だけを扱っていた掛札にとっても大きな出来事でした。

「絹の風呂敷でオーダーメイドの一点ものとなると数万円する高級品です。これが木綿だと価格をぐっと抑えることができるので、風呂敷を初めて使う方にも最適でした」と英敬さん。

 手頃な価格で丈夫で洗濯もできる木綿を使った現在の商品に繋がる大きな転機となったのです。この辺りも一貫生産をしていたから実現し易かったことでしょう。

【メソッド1】( 一貫生産 )を活かして新たな風呂敷を生んだ

 次にメソッド2を見てみましょう。

【メソッド2】(???)をアレンジし日本の文化を伝える

 生地だけではなく、デザインもオシャレになり、手に取りやすくなった京都掛札の風呂敷。英敬さんは「使ってみたくなるデザインで、『あ、カワイイ!』と思ってもらえないとあかんでしょう」と話します。

 というのも、このデザインは、あるものをベースに 考えられているんです。何でしょうか?

「分かりにくいかも知れませんが、日本の伝統文様をモチーフにデザインしているんです」

 伝統文様とは、古くから日本で用いられてきた自然や動物をモチーフにした柄のこと。一見、今風のデザインに見える掛札の風呂敷には、すべて伝統文様が描かれているんです。