店内は、ブティックのような雰囲気で、風呂敷というより、スカーフのようなカラフルなデザインのものが多く並んでいます。

 「よく、何屋か分からないと言われます」と話すのは、これまた「和」の雰囲気をあまり感じない(失礼があったらすみません……)、現代の雰囲気たっぷりのオシャレな三代目・掛札康之さん。

「でも、90年以上、風呂敷屋をやっています」

 そう、店名の「掛札」は苗字なんです。

「掛札」が苗字です。三代目の康之さん

 二代目で父でもある英嗣さんが「染め」、長男の英敬さんが「デザイン」、次男の康之さんが「配色」、母の香代子さんと康之さんが「販売」を担当と、家族で風呂敷屋さんを営む京都掛札。

 この斬新なデザインの風呂敷が話題となり、京都のガイドブックなど 様々なメディアに取り上げられ、今では全国からお客さんがやってきます。

 しかし、人気となるまでには、廃業寸前の苦難の歴史もありました。

 その中で作り始めた、この奇抜なデザインはただ奇をてらっただけではなく、そこには、「しっかりと風呂敷の魅力を多くの人に伝えたい!」という意味がありました。

 風呂敷を作って90年、「京都掛札」が風呂敷の魅力を多くの人々に「広げた」メソッドを探っていきましょう。

【京都掛札の「広げる」メソッド】
【メソッド1】(???)を活かして新たな風呂敷を生んだ
【メソッド2】(???)をアレンジし日本の文化を伝える
【メソッド3】(???)を伝える店づくり

 では、まずメソッド1から。

【メソッド1】(???)を活かして新たな風呂敷を生んだ

 1925年創業の京都掛札。元々は高級な絹の風呂敷を手がけていました。その風呂敷ができるまでには、大きく分けて、4つの工程があります。

 まずは、家紋など、風呂敷に入れる絵のデザインを描き、専用の紙を合わせて型を切り抜きます。そして、風呂敷の生地に型紙を合わせ、もち米から作った「糊」を置きます。そこに、ハケを使う「引き染め」という技法で染色していきます。先程、糊を置いた部分には、染料が入らないので染色した時に白く残ります。

 これらの作業は、通常は分業で進めるそうで、京都掛札も、創業当時は「糊おき」の一業者でした。

 しかし、60年前、創業者が自社で一貫生産しようと決めたのです。

 二代目・英嗣さんは「おそらく、当時は異端児やったと思います。『掛札さん、何やってるの?』みたいなところやったでしょうねぇ~」と、周りから非難を浴びながらも、一貫生産を変えなかった先代の想いを話します。

「他所さんに任せたら、腕の良し悪しがそこに出てしまいますけど、自分でやると全部が自分の責任。『出来上がりが一番』と思っています」

 90年にわたり暖簾を守り続けた矜持が伺えます。

売り上げはピーク時の半分以下に

 その京都掛札に、10年ほど前に危機が訪れました。

 今から、20~30年ほど前までは風呂敷の需要も高く、掛札が作っていた絹の高級品は、結納などには欠かせないものでした。

 しかし近年、結婚の儀式が簡略化され、結納が省かれるようになり、同時に風呂敷の数も激減。ピーク時には1日100枚以上、朝から晩まで染め続けて年間2万枚以上あった注文も半分以下になってしまったのです。