例えば、今から約70年前の戦後すぐの頃は、とにかく甘いものに人気がありましたが、近年は甘さを控えたものが好まれる傾向だそうです。確かに、その感覚は分かります。

 藤澤部長は「あんこの炊き方や、中に入っている栗の固形分の量で人が感じる甘味を変えています」とキッパリ。

 へぇ~そうなんですね。実際、昌仁さんが社長に就任した時にも、栗の量を変えたそうです。どう変えたのでしょうか?

 「私が社長になった時には栗の量を倍増しました」と昌仁さん。

 ば、倍増ですか?

 昌仁さんは、栗本来の甘さを生かすため砂糖の量や栗とあんこのバランス、皮の厚さなど細かい調整を加え、栗饅頭をさらに進化させました。

「その時に、『味が変わった』と言われたらプロとして失格なんです。食べられた時に『あ? これ昔から変わらんなぁ~』と言ってもらう、そういう味を目指しています。代々繋いでいくということは、時代時代に味を合わせていく、それがプロの技だと思います」

 「変わっているが、変わらない味」という、禅問答のような言葉に社長の思いを感じます。

【メソッド1】変わらない味を守るために( 変える )

 次に、メソッド2を見てみましょう。

【メソッド2】柔軟な発想で和菓子の(???)を広げる

 たねやの名を全国に知らしめたきっかけは、先代社長(現会長)、山本德次さんの「超攻めの姿勢」でした。

 今や関西、関東を中心に全国的に展開していますが、実は最初に県外に出店したのは、1984年の東京・日本橋三越でした。本店の滋賀県から最も近い大都市、大阪ではなく、いきなりの東京。たねやの和菓子を多くの人に楽しんでもらうため「どうせなら関西を飛び越え、東京に出店しよう!」。そんな思いを胸に、ある商品で勝負をかけたのです。

 それが、「ふくみ天平(てんびん)」という最中。この商品、後に「最中革命」ともいわれる空前のヒットとなります。

 どういう最中なのでしょうか?

 その画期的な発明は、外側の皮の部分である最中種(もなかたね)と、中のあんこを別々に包装して販売するというものでした。食べるときは、あんこを最中種に自分で挟みます。そうすることで、パリっとした作りたての食感が楽しめるというものです。

 
最中種とあんこを別々に包装したふくみ天平
 

 筆者も頂戴しましたが、確かに外側の最中種の食感と、あんこのしっとり感のギャップは今まで感じたことのないもので、よりいっそう美味しさが引き立ちました。

 德次さんは「私が小さい頃は工場に行くと、職人さんが最中の上にあんこを乗せて合わせてくれるんです。それを食べた瞬間のこの感動は、お菓子屋の息子やから味わえるというのが1つの特権でもありました。これをお客さまに提供できれば、もっと広がるのでは?」と考えたのです。

 幼かった德次さんが作りたての最中を美味しそうに食べる姿をヒントに考案されたのが、ふくみ天平です。確かに一手間かかりますが、「自分で作るのが楽しい!」と評判になりました。

 さらには大きな口を開けなくても食べやすい細長い形状が特に女性客に喜ばれ、今や押しも押されもせぬ看板商品となったのです。

 そんな先代の柔軟な発想・攻めの姿勢を今の社長も継承しました。

 もっと女性に喜んでもらえる和菓子を作りたい。

 現社長の昌仁さんはイタリアを視察中に訪れた農家のオリーブオイルに一目惚れしました。女性が美容と健康を、より意識する今の時代に「このオリーブオイルを使った全く新しい和菓子をつくろう!」と考えたのです。そこで開発されたのが「オリーブ大福」。近江米を使ったお餅でこし餡が包まれていて、そこにオシャレな小瓶に入ったそのオリーブオイルをかけて食べるというもの。見た目、そして風味や香り、食感、あらゆる面でこれまでになかった新感覚で、オリーブ大福も大人気となりました。

 この放送時のゲストだった三船美香さんは、このオリーブ大福のファンだそうで、曰く「大福の食感が絶妙」で、オリーブオイルのフレッシュ感が「青々とした稲穂が茂るそよ風を感じる」そうです。お分かりいただけますか?

 ちなみに、昌仁さんはこのオリーブオイルの小瓶を毎日1本ずつ飲むほどお気に入り。そのせいでしょうか、男性でありながら48歳には見えないお肌の張りがあります。

 「私たちが良いと思ったものは、お客様にも伝えていきたい」と話します。

【メソッド2】柔軟な発想で和菓子の( 楽しみ方 )を広げる