皆さんのご家庭それぞれに「定番の醤油」があろうかと思いますが、せっかくなので自分だけの「こだわりの醤油」も探してみるのも「おとな」な感じがしませんか?

 そんな方にとっておきの醤油があるんです。

 それが、醤油の一大産地、瀬戸内海に浮かぶ小豆島にある「ヤマロク醤油」。

 小豆島の醤油づくりの特徴は、昔ながらの木桶で造る製法。現在およそ2000桶といわれる全国に残る醤油用の木桶のうち、なんと半分! およそ1000桶が小豆島にあるのです。

<b>【ヤマロク醤油DATA】</b><br /> ・創業     明治元(1868)年頃<br /> ・社員数    5人<br /> ・年商     約1億1000万円(2015年)
【ヤマロク醤油DATA】
・創業     明治元(1868)年頃
・社員数    5人
・年商     約1億1000万円(2015年)

 このヤマロク醤油も、小豆島の醤油文化を守るため、昔ながらの木桶を使って醤油を造り続けていますが、実は今回の主人公、五代目当主・山本康夫さんが蔵を継いだ時、ヤマロク醤油は、倒産寸前の危機に面した状態でした。しかし、現在はこの小豆島の小さな醤油蔵に年間2万人もの人が訪れる人気ぶりとなり、全国の醤油メーカーからも一目置かれるトップメーカーへと様変わりしました。

 はたして一体何があったのか? どのようにして奇跡のV字回復を成し遂げたのか? では、その成功の秘密「おとなメソッド」をひも解いていきましょう。

【ヤマロク醤油の「一途な醤油愛」メソッド】

【メソッド1】(???)な商品に絞り込みブランド化する
【メソッド2】(???)による販売で個人客を取り込む
【メソッド3】桶職人に(???)して伝統を守る

【メソッド1】(???)な商品に絞り込みブランド化する

 ヤマロク醤油の創業は明治初期。国の登録有形文化財に指定されている醤油蔵には、木桶が64あります。そのほとんどが100年以上使われている桶で、中には150年を越えるものもあり、今でも現役で活躍しています。ちなみに現在の日本の醤油造りは、鉄やステンレス製などの「大型タンク」での製造が主流となっており、木桶仕込みの醤油は、全国で製造されている量のうち、わずか1%ほどしかありません。

倒産寸前の蔵を継いだ5代目山本康夫さん
倒産寸前の蔵を継いだ5代目山本康夫さん

 山本さんはこう言います。「ウチは従業員が4人いますが、彼らには出荷などの事務作業をしてもらっていて、製造は私1人でやっています。醤油造りは、『発酵』という『生き物』なんです。桶によって『桶グセ』があったり、気候によっても変わってきますから、1人で管理してトータルで見ておかないとバラつきが出るんです」。

 ……全く知りませんでした。この歳になるまで、「醤油」は「かけるもの」で「液体」と思っていました。まさか「生き物」だなんて考えてもみませんでした。しかし、実際に1人で全てを見るというのは、本当に体力と気力のいる作業でしょう。

 大型タンクの場合は、数種類の人工培養菌で醸造するので、比較的簡単に造ることができるのですが、木桶仕込みでは、蔵や桶に住みつく数十から数百の「天然菌」を上手に発酵させなければなりません。「カイ入れ」という木桶の醤油をかき混ぜ空気を入れる作業は、多過ぎると、空気が沢山入り発酵し過ぎてしまい、逆に足りないと発酵が進みません。

 バランス、塩梅が難しく微妙なのだそうです。このように醸造が難しい木桶仕込みの醤油は、手間がかかるため年々減少しているそうですが、蔵や木桶に住みつく数百種類の酵母菌や乳酸菌が働くことで、タンク仕込みの醤油では到底出せない独特な旨みのある醤油が造られるのが大きな魅力。「人間が眼に見えない菌をコントロールしようとしても無理なんです。蔵にいる菌が気持ちよく発酵できるように環境を整えたり、少し手伝ってあげたりすることが私の仕事なんです」と、山本さんは我が子のことを話すような口調です。

父親には「継がなくていい」とまで言われ

 実は、以前は食品メーカーで会社勤めをされていた山本さん。常に安売りを求められる食品メーカーよりも、こだわりの木桶醤油で本物の味をたくさんの人に知ってもらいたいと思い、醤油蔵を営む実家に戻ったのは29歳の時でした。

 しかし、当時のヤマロク醤油は人気がなく、売り上げは右肩下がり。先代の父親からは、「醤油造りを継がなくていい!」とまで忠告されていたといいます。山本さんは当時を振り返りこう言います。「帰ってきて帳簿を見たときビックリしました。よくこれで潰れていないな、と(笑)」。

 この頃のヤマロク醤油の商品は、大きく分けて「こだわりの木桶醤油」と「木桶醤油に添加物を入れて量を増やし価格を抑えた安い醤油」の2種類。そして主力商品は「添加物を入れた安い醤油」の方で、売り上げ全体の7割を占めていました。そのため「安い醤油を造る蔵」というイメージがつき、販売価格もジリ貧。3割ほどの割合で造っていた「こだわりの木桶醤油」の売れ行きも芳しくありませんでした。

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