この人口2,400人の小さな島は、今や日本で最も注目されている離島といっても過言ではありません。この島をそんな魅力的な場所に変身させたのが、今回の主人公・山内道雄町長なのです。

山内町長の就任時には、なんと町は101億円の借金を抱えていた

 今から14年前の2002年。山内さんが町長に就任した当時、海士町の借金はなんと101億5000万円。再建案の作成が義務付けられている財政健全化団体寸前の島でした。

 しかし、現在、借金も徐々に減り、島には若い人口が増えているのです。

 果たしてこの14年の間に何が起こったのでしょうか?

 では、奇跡の復活を遂げた離島・海士町の「おとなメソッド」を見ていきましょう。

【海士町の「奇跡の復活」メソッド】
【メソッド1】日本一(???)の安い自治体に
【メソッド2】島まるごと(???)化
【メソッド3】総人口は増えないが(???)人口が増えた
【メソッド4】自らの力で生き抜く(???)を研究

【メソッド1】日本一(???)の安い自治体に

 今から14年前の2002年。山内さんが町長に就任しました。

 当時の海士町は、借金101億5000万円を抱える大赤字の島。

 そこで、山内さんは就任の挨拶の時、役場の職員に対してこんな話をしました。

 「今日から海士町役場は『住民総合サービス株式会社』です。町長である私が社長。管理職の職員は取締役。職員は社員。住民の皆さんは税金を納める株主であり、サービスを受けるお客様なんです。そのお客様があって役場があるんです。その意識を徹底して欲しい!」と。職員はさぞびっくりされたでしょうね。

町長の給料は6年間50%カット

 どこかで「お役所」意識があり、コストとサービスのバランスを考えることなく積み重ねた101億円の借金。これを何とかしなければ島自体がどうなってしまうか分からない中、山内さんはまず自分の給料にメスを入れました。2004年に30%カット。さらに翌年からの6年間はなんと50%をカットします。給料が半分! サラリーマンである筆者も想像するとゾッとします。それでも山内さんは「トップである私の姿勢を見せることが大切なんです。ただし職員には家庭があり、お子さんが大学に行っている職員もおりますので皆には求めません。私の姿勢を、本気を示した迄です」。

 しかし、自らの給料を削り続ける町長の姿に心打たれ、自らの給料のカットを申し出る職員が続々と現れたのです。助役・教育委員は40%、職員は16%~30%カットとなり、海士町役場は「日本一給料の安い役場」となりました。

海士町の役場。「島を救おう」と職員も立ち上がった

 海士町役場総務課長の吉元操さんはこう語ります。「お金は大事だけれども、それよりもっと大きなものがあるんじゃないか、と考えたんです。それは島を救うことなんだと。島が沈没して無人島になるかもしれないときに、自分たちだけが給料をもらっても嬉しくないですから」。その語気はとても力強さに溢れています。山内さんは「職員には迷惑を掛けました。皆さんの申し出でやってくれたことに、ただただ涙が出ました」。

 島を救いたい! その強い思いは町長から職員にしっかりと伝わり年間2億円の人件費削減に成功しました。

 誰にだって生活はあります。海士町役場の方とてそれは同じはず。それでもその職員自ら給料の削減を申し出るほど強い行動力とメッセージが山内さんの姿勢に現れていたんでしょうね。山内さんはじめ海士町役場の皆さんの身を削る大いなる一歩が海士町を更なる魅力的な島へとどんどん変化させて行きます。

【メソッド1】日本一( 給料 )の安い自治体に

 続いてメソッド2を見ましょう。

【メソッド2】島まるごと(???)化

 海士町を再生させていく中で、町長の山内さんは「島の持続性」という言葉をよく使います。都会に住んでいる者からすると、自分の住んでいる地域の「持続」は意識することもありませんが、海士町にとっては少しでも気を緩めると「無人島になる」という危機がすぐ後ろに迫っています。

 そこで山内さんは「持続」させるために行政ができるバックアップを実行します。

 「島の中でいくらお金を回してもそれは『マネーゲーム』なんですよ。島の外からいかにお金を入れるか。私たちはそれを『外貨獲得』と言ってるんですが(笑)。島の外からお金を持って来ないことには島の持続性はないんだぞ!と」。そんな山内さんの意識の結果、役場があるものに目をつけました。