関西ならではのユニークな経営を貫く会社を取り上げるこの連載。5月には大阪・梅田で千房の中井政嗣社長と上泉雄一アナウンサーの対談イベントを開催した。場内が笑いと、そして中井社長の経営哲学に対する驚嘆の念で満ち溢れたその内容をリポートする(前回の記事はこちらをご覧ください)。

上泉:僕はテレビとかラジオで中井社長のお話を何度か聞いたことがあるんですが、生でお会いすると、社長は本当にお話が止まらない。ご自身でも思われるかと、熱い方ですよね。社長は。

中井:そうですか(笑)。特に思いませんけど。

上泉:実は、まずは対談前に社長は何かお土産を持ってきていただいたそうですね。

中井:ええ。ぜひ、お好み焼きをどうぞ。

千房の中井社長。イベントにはお好み焼きの差し入れを携えて登場した(写真:菅野勝男、以下同)

上泉:ありがとうございます。お好み焼きを今日お持ちいただいたということでございまして。なんか、会場で食べている姿を皆さんにご覧いただくという、これは非常に不思議な状況ですけれども。でも、中井さん、普段、テークアウトってやっていらっしゃるんでしたっけ?

中井:そうです。失敗したなと思ったんです。会場の皆さんに持ってきたらよかったなと。

***場内爆笑***

上泉:いやいや。

中井:1個しか持ってきてないので。

上泉:びっくりしましたけど、ありがとうございます。ほら、見てください、これ。皆さん、分かります? ありがとうございます。これ、ちゃんとね、エビをきゅーっとね。じゃあ、いただきます。

***しばし中断***

上泉:さて、最初聞いてびっくりしたのは、中井さんは好み焼き屋を最初に開くときはちょっと抵抗あったそうですね。

簡単だからこそ難しい

中井:そう、22歳のときにお好み焼きとかかわるんですけれども、それまでの2年間は西洋料理のコックだったんですね。そのときに私の義兄がお好み焼きをやれと。保証、敷金なし。会ったこともない、おじいちゃんとおばあちゃんがやっておられるお店があるので、その後を受け継ぎなさいと。僕はお好み焼き食べるのは好きです。食べるのは好きですけど、西洋料理をやってるんだから、かかわるのは嫌だと。

 ましてその当時、1967年ですけれども、のれんが掛かっているのでガラス戸をガラガラッと開けて、「おばちゃん、お好みを焼いて」と言って入ろうとしたら、「へえへえへえ」とか答えるおばちゃんが猫と一緒にちょろちょろ出てくるみたいな店ですよ(笑)。壁にある換気扇は音を立ててカタカタ回っている。煙がもんもんとしている。マイナー、暗いイメージしかなかったんですね。

 だから、食べるのは好きなんですけどかかわるのは嫌だと。まして僕は中学校へ行っていた時分に、帰り道にお好み焼き屋さんが1軒あったんですね。そこには非行少年がたむろしている。今だから言いますけど、ビールを飲んだりたばこを吸ったりするのを、おばちゃんが目をつぶってくれる、そんな店やったんです。そのイメージが強すぎて、嫌だと。

 そのときに義兄が私に言ったのは、「お好み焼きは素材は何やねんと。粉とキャベツ、簡単やろう。簡単やさかい、ばかにしているのと違うかと。簡単だから難しいんだ」。

 「大阪府下で今何軒あるか知っているか」と。その当時、67年ですけれども、大阪府下にお好み焼き店が3000軒ありました。

上泉:ええ、そうですか。