この連載では、関西ならではの着眼点、ど根性、そしてユーモア、独自の手法で成功した「ナニワ的」企業を取り上げてきました。特別編の今回は、均一価格で急成長する焼鳥チェーンを生んだ鳥貴族の大倉忠司社長に、MBS(毎日放送)の上泉雄一アナウンサーがインタビューします(前回の記事はこちらをご覧ください)。

上泉:私もよく鳥貴族さんで食事をするのですが、いつ行ってもお客様がいっぱいですね。改めて、待ってでも鳥貴族に入りたいと考えるお客様のニーズは何なのでしょうか?

大倉:ただ飲みに行くというのではなく、「鳥貴族に行く」という目的で来ていただいていることでしょう。それだけファンの方が通ってくださるのは、非常にありがたいことです。

 大倉忠司社長は1985年、25歳のときに焼鳥居酒屋「鳥貴族」を創業した。大きな焼鳥2本が280円(税抜き)、そのほかの料理や生ビール、ウイスキーも扱うメニューは全て280円だ。均一価格という特徴的な売り出し方と、低価格高品質の焼鳥が注目を集め、30年にわたり多くのファンを獲得してきた。現在、関東、関西、東海地方を中心に500店舗以上を展開する。

町工場生まれ。アルバイトをきっかけに飲食業へ

大倉忠司(おおくら・ただし)
1960年大阪府生まれ。調理師学校卒業後、大手ホテル入社。焼鳥店勤務を経て、85年に独立し、東大阪市に「鳥貴族」1号店をオープン。86年イターナルサービス(現、株式会社鳥貴族)を設立し、多店化に乗り出す。現在、関西や関東圏、東海地域を中心に522店(2017年3月現在)を展開。14年7月、ジャスダックに上場、16年4月、東証1部に指定替え(写真:大亀京助、以下同)

 東大阪市の玩具の型を製造する町工場で生まれ育った大倉社長。家業とは全く関係のない飲食業に進んだのは、高校生のときにビアガーデンでアルバイトしたことがきっかけだったという。「本当に楽しくて、飲食の道に進むと楽しい人生を送れるだろうと考えた」と振り返る。その後、イタリアンレストランや焼鳥店での修業を経て、鳥貴族を創業。1985年開業の1号店に選んだ場所は、大倉社長の地元、東大阪市の俊徳道(しゅんとくみち)だった。

大倉:俊徳道駅は、東大阪の近鉄沿線の中では最も乗降客数が少ない駅でした。当時から居酒屋はありましたが、若い人たちが行くような場所ではなかったですね。

上泉:えー、俊徳道ですか。そりゃあ、かなりディープなところでしたね。

大倉:本当は地元での出店は避けたかったのですが、場所を探していたときに、たまたま通りかかり、条件を聞いたんです。すると家賃が当時の相場の3分の1くらいだったので、その安さに惚れて出店を決めました。