上泉:全従業員に向けて手書きのメッセージを渡してらっしゃるそうですね?

中井:ええ。1988年2月からですから30年ですよ。

上泉:どんな思いでお書きになっているのでしょうか?

毎月、全従業員に向けて手書きのメッセージ

 始まりは、非行に走ってしまった少年少女を採用するようになってからのことだ。ある店のロッカーで、給料日に手渡しした現金が消えるという事件が起きた。明らかに内部の仕業であると思ったが、「盗ったやつよりそんな環境を作っている方が悪い」と考え、給料を銀行振込みに切り替えることに。

 しかし、月に一度の給料日くらいは従業員をねぎらってあげたい、励ましてあげたいという気持ちが湧き上がり、明細書に手書きのメッセージを添えることにした。

毎月給料明細に入れて従業員に手渡す手書きのメッセージ

上泉:このメッセージをもらった社員はうれしいでしょう。渡した後で、中身について社員から感想などの反響はありますか?

中井:ええ。ある支店に行った時に、アルバイトに私を取りあげてもらえませんか、とお願いされたことがありまして。

上泉:ええ? 売り込みですか。

 そのアルバイトが言うには、自分の父親が毎回楽しみに読んでおり、読み終わるといつも「お前はなぜ文中に出てこないのか」「ちゃんと働いているのか」「(職場で)認められてないのか」と心配しているという。それはかわいそうなので、「来月に取りあげるから」と約束し、翌月彼が良く働いてくれていることを書いた。すると、息子のことを読んだ父親が涙を流して喜んだという報告が届いた。このように楽しみにしてくれ、しっかり読んでくれる人がいるから自分もしっかり書くようになる。

中井:こういうことをずっと続けてきたことが、千房の風土としてジワーッと浸透しているんです。いつもまず全部下書きして、それから自分で清書しているんですよ。

上泉:もう、かれこれ360回ほどになるでしょう。それを毎回自分の手でお書きになるというだけでもすごいですよ。

上泉:このように大切にされている従業員に対して、叱る時には上司や社長としてではなく親のように接するそうですが。普通、会社で叱るときは上司だからじゃないでしょうか?

中井:それは、故郷の奈良から大阪に出てくる時に、母親から『番頭さんにかわいがってもらわなあかんよ』『大将に好かれる人間にならなあかんよ』と諭されたからなんです。

 

 好かれるためには素朴さと素直さが大事だと、母親から徹底的に言われた。ところが奉公先で親方や番頭の顔色を伺い、言いつけを守っても理不尽に怒られる日々が続く。何も悪くないのに頭ごなしに怒られると反感を持ち、やる気などなくなるもの。自分が社長になった時にはこんなことはしないと思うようになる。

 やがて、社長の立場になり、肩書きで部下を怒ると相手が救われないと感じた。そこで叱る時は親や兄貴のように、褒める時には社長として褒めるように努めているという。他社では逆で、褒める時は身内、叱る時は肩書き。それでは逃げ場がなく全くの逆効果である。相手に本当に理解してもらうには、叱る側の立場をあえて明確にするべきだと考えている。