郊外ではなく、都会の真ん中に「アーバン(都市型)ワイナリー」としてワイナリーを構え、国内から仕入れるぶどうだけに頼らず、自社でも畑を持ちぶどうを栽培し、地域に根付いたワインを製造販売しています。また、自社商品だけではなく、国の内外さまざまなワインを取り扱うショップや、気軽にワインを楽しめるレストランを大阪・東京で9店舗も展開しているのです。

 「ワインをもっと身近な存在にしたい!」という思いから、常識破りのアーバンワイナリーを作った「フジマル醸造所」の成功のメソッドに迫ってみましょう。

【島之内フジマル醸造所の「拡大」メソッド】
【メソッド1】ワインを身近に!(???)の都市型ワイナリー
【メソッド2】(???)をやめることで(???)が増えた
【メソッド3】店ごとに特徴を変え(???)を開拓
【メソッド4】ワイン文化を育む(???)体験

 それではまずメソッド1を見てみましょう。

【メソッド1】ワインを身近に!(???)の都市型ワイナリー

 そもそも、100年ほど前、大阪の柏原市周辺は、ぶどうの一大産地で、ワインづくりが盛んだったそうです。最盛期は、ぶどうの産地として有名な山梨県をしのぐ程だったと言われていて、100軒を超えるワイナリーがありました。奈良との境に位置する柏原市はぶどうの産地とは聞いていましたが、そこまでとは筆者も驚きでした。

 しかし、後継者問題で せっかく畑があるのにぶどうの生産量は年々減少していき、ワイナリーの数もわずか7軒にまで減少してしまったのです。

 そんなワイン産地が抱える危機に、ワイナリーを都会の真ん中に立ち上げたのが、今回の主人公・フジマル醸造所 代表の藤丸智史(ともふみ)さん。

産地の危機に直面し、大阪のど真ん中でワイナリーを始めた藤丸智史代表

「大阪がワインの産地だったのに、なくなっていくということが自分の中で放っておけなかったのです」と話します。

 そもそも、藤丸さんがワインに興味を持ったきっかけは、学生時代に始めたホテルでの配膳のアルバイトでした。ソムリエに憧れ、26歳でソムリエの資格を取得し、さらに、ワインをより深く知るため、オーストラリアなど海外のワイナリーで造り方を学びました。

 帰国後は、海外で得た知識を活かし、ワインショップを始めます。藤丸さんは、さまざまな大阪のワイナリーとの交流を深めていく中で「ぶどう畑の働き手がいない現状」を知ります。

 そこで藤丸さんは、働き手のいなかった大阪・柏原市の畑を借りて、ぶどうの栽培を始めます。
「チャンスだと思いました」と藤丸さん。「いつかはぶどう畑やワイナリーをやりたかったのですが、僕の中では15年後くらいでいいかな? と考えていたのです。でも、目の前に話が来たとき、このチャンスを逃してはいけない! と身体が勝手に動いたんです」。好機ってこんな感じで突然訪れること、ありますよね。

 藤丸さんは、念願のワイナリーを建てる土地を畑の近くで探すのですが、ここで大きなカベにぶち当たりました。

都市型の方が安かった?

「ワイナリーの先輩企業に、どのくらいお金がかかるかを聞くと、最低で3000万円。人によっては1億円と言われました」

 ワイナリーの建設には、広い土地、頑丈な建物、ぶどうを搾るプレス機などの設備を合わせ、最低で3000万円は必要でした。しかし、藤丸さんが用意できる金額は1500万円。畑の近くで候補地を探しますが、その金額では、当然、見つかるはずもありませんでした。筆者なら、縁がなかったとあきらめ、当初の目標通り15年後にシフトするところですが、藤丸さんは違いました。

「ワイン造りは、副原料(水)を一切使いません。ビールや日本酒なら水の品質は大切ですが、ワインはぶどうだけで造れるので、都会でできると思ったんです」

 そうなんですか! でも、都会の方がもっと土地は高いですよね?