確かに、ひと口に「黒」といっても様々な黒がありますよね。今までにない「深黒(しんくろ)加工」と名付けられた深い黒を生み出すこの独自技術。その「黒」さらに深く染める秘密は「白」の液体にあります。

 えっ、「黒」に「白」ですか?

  この液体は、こちらも独自に開発した「深黒加工剤」。これを先ほどの機械を使って生地に染み込ませていくそうです。

偶然から生まれた新しい技術

 通常、布は光を反射していますが、布の表面に特殊な加工(深黒加工)を施すことで布が光を吸収し 本来の黒をより際立たせるそうです。ブラックホールが色を吸収して黒の世界しかないのと理屈は同じだそうです。

この白い液体が「深黒」を生む
この白い液体が「深黒」を生む

 この深黒加工は、荒川さんの父親である二代目が開発した技術でした。40年前、他社にはない 独自の黒が出せないか考えていたとき、食事中に起こったあることが、深黒加工のヒントになりました。誤って黒い作業着に生卵を落としてしまった二代目。その時、卵の白身が布をコーティングしているように見えたことから、生地の表面に何か加工をすれば、新しい黒が生まれるのでは?とひらめいたのです。なるほど。常にテーマが頭にあると、様々なものがヒントに見えてくるんですね。
 二代目はコーティング材の研究に没頭、2年の月日を費やし、ついに独自の技術「深黒加工」を編み出しました。その後も、改良に改良を重ね、ついに1990年には、黒染め反物市場の売り上げの半分以上を京都紋付が占めるまでになりました。  荒川さんは「紋付というのは、黒い生地に白い家紋がついているだけなんですね。なので、消費者にとっての紋付の付加価値は、並んだときに際立って「黒い」ということなんです。黒ければ黒いほど美しいんです。そしてもう一つ紋付の下に白いお襦袢をお召しになるので、色が落ちると大変です。我々の商品は黒くても色落ちがしないんです。これが紋付の商品価値を上げるんです」と言います。
 確かに、一度見比べてしまえば、もう普通の「黒」には戻れなくなります。
 さらに荒川さんは「黒染め店のなかでは、京都紋付は新参者です。『社名に【京都紋付】とは、大きな名前を付けたなぁ』と父親はよく叩かれていました。その反骨心から京都で一番になるんだ!と」。
 その通り、京都で一番どころか、日本で一番となりました。

【メソッド1】今までにない黒が( 価値 )を生む

 次にメソッド2を見てみましょう。

【メソッド2】常識を捨て、黒の(???)を広げた

 黒染め業界に革命を起こした京都紋付ですが、時代と共に着物文化は衰退し、ピーク時の1990年に、12億円あった売り上げが、2006年には半分の6億円まで減少しました。会社存続の危機に立ってしまったのです。

 そこで、京都紋付は黒染めを活かした新たな挑戦に打って出ました。
 過去を振り切り、今までにない黒いデニムの製品化に挑戦します。
「伝統産業をどう活かしていくか?今の生活スタイルにマッチするものを考えたら『デニム』だろう、と考えたのです」

 実は、この黒デニムというのがアパレル界ではけっこうクセ者だそうで、益若さんも黒デニムにチャレンジしたことがあるそうですが、色落ちや染めムラができるので、よほど大きな会社との協力がないと難しい、と断念された経験があるそうです。

 荒川社長が開発リーダーに抜擢したのは、デニムメーカーでの勤務経験を持つ宮原佑貴子さんでした。まず、宮原さんは、藍色のデニム生地の上に、黒色を重ね染めする技法を考案します。デニムを履いていく度に色落ちをして黒から藍への色の変化を楽しむデニムを提案しました。
 しかし、荒川社長はこれに納得しませんでした。 「黒染めを専門にしている会社として、黒が色落ちしたらカッコ悪いでしょ」
確かに、おっしゃることは分かります。通常、デニム生地に使われる糸は、色落ちを楽しむため、芯まで染めることはしません。しかし、荒川さんは、色落ちしないよう糸の芯まで黒く染め、さらに深黒加工まで施した画期的なデニム生地にチャレンジしたのです。

色落ちしないように糸の芯まで染めた黒デニム
色落ちしないように糸の芯まで染めた黒デニム

 色落ちを楽しむファッションアイテムを色落ちさせない!
 このデニムの常識を跳ね除け、糸の芯まで染め上げた生地で作った「真っ黒デニム」。
 京都の小さな町工場が生んだデニムは、今ではファッション業界で大きな注目をされ、その評判を聞きつけ、あのサッカーの本田圭佑選手も愛用しているのだとか。

【メソッド2】常識を捨て、黒の( 可能性 )を広げた

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