世阿弥は「離見の見(りけんのけん)」という言葉で、客観的に俯瞰して全体を見ることの大切さを説いている。『髙田明と読む世阿弥』を著した髙田氏(自著を紹介する下記の動画をぜひご覧ください)が、長年テレビ通販番組のMC(語り手)を務めてきた経験を交えながら、その難しさを語る。

(写真:PIXTA)

 普通、人間は自分の後ろ姿を見ることはできません。鏡があっても難しい。同じように自分自身を客観的に見ることは、上の立場になったり、成功体験があったりすればなおさらでしょう。

 世阿弥は『花鏡』に、演者は3つの視点を意識することが重要だと書いています。

 1つ目が「我見(がけん)」。役者自身の視点です。2つ目が「離見(りけん)」で、観客が見所(客席)から舞台を見る視点を指します。3つ目が「離見の見(りけんのけん)」。これは役者が、観客の立場になって自分を見ること。客観的に俯瞰して全体を見る力です。

 世阿弥は、観客から自分がどう見られているかを意識しなさいと説いているわけですね。その視点を頭に置くのと置かないのでは、観客への伝わり方は全く違ってくるでしょう。

役者は演じながら同時に観客にはなれない

離見の見にて見る所は、すなはち、見所同心の見なり(『花鏡』舞声為根)

 役者は演じながら、同時に観客にはなれない。けれど観客と同じ気持ちになろうと努力することはできる。この努力が実を結ぶことを「見所同心」と世阿弥は表現しました。ただ、いずれも容易ではない。その難しさを誰しも理解するからこそ、世阿弥のこの言葉が時代を超えて長い間語り継がれてきたのでしょう。