久美子氏は、創業者は普通の経営者とはまったく違う素養を持っているからこそ成功するのであって、創業者がいなくなった時に同じような強力なカリスマを探し出してくることは不可能だと言っているのだ。だからこそ、組織をオーナー経営型から徐々に変えていく必要があるとした。今回の自らの「闘争」をそう位置付けていたわけだ。

 確かに会社を興す「起業家」と、それを継承し発展させる「二代目」の素養はまったく異なる。だからこそ初代から二代目へのバトンタッチは難しいのだ。

創業者から二代目へのバトンタッチは難しい

 創業者から二代目へのバトンタッチに失敗した例は枚挙にいとまがない。一族間での争いがなく、すんなり長男が跡を継いだとしても、その長男が経営に失敗する例が多いのだ。

 最大の問題は跡継ぎの長男が創業者と同じ「カリスマ」になろうとすること。オーナー以上にオーナーらしく振る舞おうとする。だが当然、自分で創業したわけでもなく、跡を継いだだけで長男が創業者と同じ能力を持っているはずはない。初めのうちは社員も付いてくるが、だんだん「能力もないのに威張ってばかりいる」という批判がささやかれることになる。

 それでも株式の過半を支配している本当のオーナーならばいい。だが、相続の過程で持ち株比率は低下、オーナー家といっても実際には少数株主になっているケースが少なくない。そうなると、株式を保有するメーンバンクなどが黙っていない。不祥事をきっかけに退任させられたり、放逐されたりすることになる。

 本当は、創業者とは違う経営スタイルを取るべきなのだが、長男が独自路線を取るのは極めて難しい。ワンマン経営の中で育つと、それが当たり前になり、自ら人の意見を聞くことができなくなるのだ。

 昔、駆け出しの新聞記者時代に担当した上場企業は、父親が社長で長男が専務だった。当時、世の中は財テク・ブームで、企業は余裕資金を株式などで運用するのが当たり前とされていた。

 その父親は戦後、倒産寸前だったその会社を立て直した実質的な創業者だったが、本業の成績が大きく悪化したため、株式運用で「営業外利益」を稼いでいた。社長席には当時普及し始めた電子情報端末が置かれ、それを見ながら電話を握って証券会社に売買の指図をしていた。ファンドマネジャーさながらの姿だった。

 バブルの最中、この父親が死ぬと、息子が跡を継いだ。父親は亡くなる前年まで社長を務め、最後まで一線で活躍していた。父の跡を継いだ息子もファンドマネジャーさながらの株式投資に乗り出した。父の姿を真似ることこそが、社内の求心力を得る方法だと思っているかのようだった。だがその直後、バブルは崩壊、財テクで損失を被る。

 痛い目に遭って初めて息子は本業への回帰を決め、その会社は財テクから撤退した。危ういところで会社を潰すところだったのだが、今はその社長も引退し、「三代目」が社長を継いでいる。

 後継者がきちんと育たないのには、創業者自身の責任も大きい。ギリギリまで跡継ぎを決めないのである。

 これは創業者のひとつの性(さが)かもしれない。いつまでも自分が全権を握っていたいのである。いや、自分がつくった会社なので、自分以外に運営できる人間はいない、と心の底から思っているのだ。それが創業者というものだろう。

 久美子氏も私とのインタビューで語っている。「いつまでも(会社は)自分のモノだという意識が消えないのでしょう。自分の自由にできないなら壊してしまった方がいいと感じているようにすら見えます」。

 実は創業者にとって、誰を跡継ぎにするのかは重大事ではない、というのだ。だが、これも創業者自身が老いる前の話だろう。