父娘の対立という人目に晒したくない騒動だったものの、その宣伝効果は大きかった。ワイドショーが父娘の対立点として繰り返し、店づくりなどのビジネスモデルを解説したことから、お茶の間に大塚家具の店舗運営を解説できる女性が急増した。そうした女性たちが、一度店舗を見に行ってみようか、となったのである。テレビや新聞の報道を広告費換算すれば、巨額になったに違いない。知名度が抜群に上がる結果になったのである。

 これは業績にも表れた。第2四半期(4~6月)の売上高が前年同期に比べて28%も増加、17億円の経常利益を上げたのである。1月からの通算でも6億円の黒字となった。第1四半期の落ち込みは取り戻したのである。

2016年2月、新宿ショールームのリニューアル発表の場で。報道陣が集まり久美子社長への注目度は依然として高い

 第3四半期(7~9月)は消費全体が落ち込んだこともあり、再び赤字に転落したが、11月には「全館売り尽くしセール」を開始。社長自らが記者を店舗に招いて発表会を行った。展示品の約34万点を対象に最大50%を割り引くというセールだった。

 久美子氏は「生まれ変わるための挑戦で、インテリア業界をリードしていきたい」と語った。16年1~2月にかけて店舗をリニューアル。ロゴも変えた。16年が久美子氏にとって本当の勝負の年になる。

総会後、勝久氏は新会社を設立

 株主総会で会社を追われた勝久氏はどうなるのか。世の中の関心は高かったが、一切表には出てこなかった。株主総会での敗北を受けて、以下のようなコメントを出したのがすべてだった。

「このたびの騒動に関しては、すべて私の不徳の致すところでございます。心からおわび申し上げます。ご支援たまわりました皆さまお一人お一人に深く感謝申し上げます。株主の皆様のご判断を真摯に受け止め、まっさらな気持ちで出直します」

 まっさらな気持ちとは何なのか。大塚家具のために今後、どんな行動を取ろうとしているのか。その説明はなかった。

 勝久氏は大塚家具を去ったとはいえ、株式の18.04%を持つ大株主であることには変わりはなかった。その気になれば、永遠に株主提案を出して株主総会で娘とバトルを続けることは可能だった。

 人事部付となった長男の勝之氏は自らの処遇を巡って久美子氏と話し合いを続けていた。有給休暇の消化が終わった5月末になっても結論は出ていなかった。久美子氏の経営方針に従うのならば営業の現場で残すという妥協案も浮上したが、勝之氏は専務など幹部としての地位にこだわった。結局、両者の話し合いは進まないまま、15年6月末に退職することが決まった。

 その頃からひとつの噂があった。勝久氏が勝之氏と共に新会社を立ち上げるというものだった。

 それが明らかになったのは7月1日、勝之氏の退職に合わせるかのように東京都港区にひとつの会社が登記された。「匠大塚」。資本金3000万円で、事業概要は「家具・寝具およびカーテン・照明器具などの室内装飾品の卸販売、コントラクト業務全般」となっていた。代表取締役は勝久氏と勝之氏で、取締役には妻の千代子氏と、会長が提案した取締役名簿に名前があった元総務部長の池田氏と元財務部長の所氏が名を連ねていた。自らと行動を共にして会社を去った腹心の“骨を拾う”ところは、「情」の経営者らしい行動だった。

 その新会社設立にメディアが気付いたのは8月に入ってからで、一斉に報道が始まった。だが、勝久氏も勝之氏も表に姿を見せず、何を狙っているのかは報道されなかった。