大塚家具は父親の大塚勝久氏が、まさに裸一貫からジャスダックに上場する株式公開企業にまで育て上げた。勝久氏と共に、兄弟や妻、そして子どもたちも一緒に働いてきた、典型的な「家業」である。そんな家業を仕切る創業者はまさに「家長」として君臨する。

 純粋な家業、つまり株式公開もしていない零細企業のままだったら、創業者がどんなにワンマンで、一族で反目し合う事態になったとしても、それが世間の目に触れることはまずない。たまたま大塚家具の騒動が世間の耳目を集めることになったのは、株式を公開して上場企業になっていたからだ。

 株式上場を英語で、「ゴーイング・パブリック」という。「パブリック」つまり「公のもの」になる、という意味だ。「家業」を脱して社会の「公器」になるわけである。しかし、公器になったからといって、創業者がすべての株を手放して会社を売却するようなケースは少ない。創業者が一定の株式を持つ大株主として残りながら、そのまま経営者としても君臨するという例が圧倒的に多い。日本ではこれを「オーナー企業」などと呼ぶ。

 実際は過半数を持っていないケースが多いので、本来は「オーナー(所有者)」というのはおかしいのだが、所有者然として強権を振るうことが少なくない。上場によって、わずか数%しか株式を持っていないのに、オーナーだと言ってはばからない経営者も実際にいる。

 欧州では上場した後も創業家がオーナーであり続ける例がしばしばある。50%以上の株を持ち続けていても上場できるルールがあったり、議決権の過半を握る黄金株と呼ばれる優先株式の発行を認めたりしているのである。世の中に多く流通している株式が、無議決権株といって総会での投票権がないという例もある。いわゆる「ファミリー企業」でありながら、上場できるのだ。もちろん、「公器」として情報の開示や経営体制の明確化、いわゆるコーポレートガバナンス(企業統治)の整備・強化などが求められるが、創業家の支配権は認められているのである。

 日本でも100年、200年と続く「老舗企業」は数多い。中には数百年も一族によって受け継がれてきたファミリー企業も存在する。だが、そうした老舗企業が株式を上場するようになったのは、多くは戦後のことである。それまではまさに「一子相伝」、兄弟がいようがすべては長男が継ぐ、といった日本的な事業承継が可能だったが、権利を分割できる株式会社になったことで、兄弟が平等に株式を引き継いでいく例が増え始めた。

 それでなくても上場で持ち株比率が下がっているのに、分割して相続すれば、支配権の源泉であるオーナー家の持ち分はどんどん低下していく。ところが、“オーナー”の感覚は「家業」の時代と変わらないから、自分がかわいい息子に社長の座を譲ろうとする。創業者が歳をとればとるほど、必ずと言ってよいほど、自分の子どもを跡継ぎにしたがるものだ。

社長になることが重要

 日本ではまだまだ一族支配と株式上場を両立させる「ファミリー企業経営」の理想形のようなものが出来上がっていない。だから、日本的経営の中ではオールマイティーで全権を持つ「社長」の座を握ることが重要になる。自分の子どもを何とか社長にしよう、あるいは何とか社長の座を自分が引き継ごうとするわけだ。

 もちろんそれが、経営にとって最良の姿であるはずはない。最近ではコーポレートガバナンスの強化が叫ばれ、安倍晋三内閣が掲げる成長戦略でもいの一番にその強化が謳われるまでになった。利益を上げ、従業員や株主の利益に貢献できる人物を社長に据えるべきだ、という流れが強まっている。そうした「社長業プロ化」が進む中で、創業者の子どもだから適任だということにはならなくなってきたのだ。