マンネリ化しがちな社員研修。社長直轄、全社横断型のメンバーで、研修改革チームを結成した。ユニークで心に残る研修は、社員を成長させるだけではない。
「有意義な体験」を与えてくれた会社へのロイヤルティーも高まった。
社長就任後、社員研修にかける費用を3割増やしました。
人材開発に投資したいという思いは2010年の入社当初からありましたが、13年にいざ社長に就任すると、利益面の回復が優先課題。研修に手が及ぶようになったのは3年後でした。
もちろんエステーに研修がなかったわけではありません。しかし、新入社員研修や入社3年目研修をはじめ、いずれも実施時期や内容が長年固定化されていることに私は疑問を感じました。
研修を運営する人事担当の社員たちはどうしても、これまで通りの手堅いやり方に固執しがちです。その限界を打ち破るのには、フレッシュで多角的な視点からアイデアや意見を集めることが重要です。そこで立ち上げたのが全社横断型の「研修改革プロジェクトチーム」でした。
目的の提示が提案を生む
メンバーは10人。半数は人事担当の社員ですが、残りの半数は製造や営業など幅広い部門から社員を選抜しました。
どんなプロジェクトでも成功の鍵は目的の明確化です。全社横断型の混成チームならなおのこと。
当時、私がエステーの全社的な最優先課題としていたのは「高収益体制の構築」。よって、研修改革プロジェクトの目的は「利益志向経営に対応できる人材を育成すること」だと、メンバーに最初にはっきり伝えました。
中でも次の3点を重点課題としました。
- 全社員に経営者感覚を育む
- 商品カテゴリー別の採算に責任を持つ「事業部制」を支える人材育成
- グローバル化を推進できる人材育成
経営トップの私と問題意識を共有すると、チームのメンバーから次々に提言が湧き出しました。
まず、(1)に掲げたように全社員が経営者感覚を持つ上で「欠けている」と鋭く指摘されたのが、中堅社員向けの研修です。
従来のエステーの教育体系では、新入社員研修、入社1年後、3年目、5年目の研修を終えると、以降、管理職クラスになるまで研修を受ける機会が全くありませんでした。
入社5年目までの研修はいわば、社会人としての基礎を固めるためのもの。経営者の視点を伝えるところまではなかなか行き着きません。
一方、管理職クラスともなれば、既に経営の中核を担い、経営者的な視点を持つ前提で研修は組み立てられています。その狭間で「経営者の視点とはどんなものか。なぜ必要か」を伝える場が抜け落ちていました。
そこでメンバーからの提案を受けて始めたのが中堅のリーダー層向けのマネジメント研修です。それも一度で終わらせず1年に1回、定期的に。
通常業務に追われ、研修内容を忘れた頃に同じ対象者に研修を繰り返すことで、経営者の視点を持つ重要性をリマインドしてもらっています。
「世界一周研修」に一工夫
(2)の事業部制を推進する教育としては、役員候補の人材に向け、未来の事業をつくるための具体的な経営戦略を立案する研修を始めました。
私はこの研修の冒頭で、目的を社員に直接、伝えるようにしています。例えばこんな具合です。
「この研修に参加する人たちは、将来の幹部候補生です。ただし、全員が幹部になれるわけではありません。しっかりとした自覚を持って研修をやり遂げてください」
社長の明確な言葉が社員に競争意識と熱意を生むと思うのです。
(3)のグローバル化を推進できる人材育成という課題に対しては、社長の私自身も研修のブラッシュアップを提案しました。
例えば「社長と行く世界一周研修」。おじの鈴木喬会長が社長だったときから続いている名物企画です。社長が研究開発、営業などの社員5、6人と7~10日間をかけて世界数カ国を回ります。
現地では展示会や工場、小売店などを視察するのですが、集団行動のため、最年長だったり語学が得意だったりするリーダー的な社員一人に全員が頼りがちでした。せっかくのチャンスに、ほかのメンバーは後ろを付いていくだけになっていたのです。
そこで16年から、訪問先の会社で英語で自分の業務内容をプレゼンし、協力依頼をするという課題を与えました。
そうなれば社員も必死です。驚いたのは入社2年目のあるR&D(研究開発)部門の社員。スイスの資材メーカーの社長を前に入社1年強の間に手掛けた研究について、次から次へと一生懸命に語ります。
若者の思いがけない奮闘に私も思わず満面の笑みで拍手喝采してしまいました。ハードな研修ですが、自分のリミッターを外す醍醐味を体得する場になっています。
99%感謝の言葉
社員研修に工夫を凝らせば、「貴重な体験をさせてもらった」という記憶が、社員の心に残ります。
「こうした機会を設けてくれた社長と人事・総務グループに感謝します」
ここ1年ほど、エステーの研修後に社員が記す感想文には99%、こんな感謝の言葉があります。経営者としての奮闘に実りがあったことを知るうれしい瞬間です。
会社に対するロイヤルティーが芽生えるという意味でも研修は非常に重要だと感じています。
人材は経営資源。今後も社員一人ひとりの得意分野を伸ばし人材を活性化させるため、全社一丸で成長への取り組みを続けます。
(構成:福島哉香、この記事は、「日経トップリーダー」2018年2月号に掲載した記事を再編集したものです)
Powered by リゾーム?