社長就任から3年が経った頃。危惧していたことがあった。社内改革に前のめりな自分と社員との間に温度差がないか。そんな矢先に受けたテレビ出演のオファー。社員に内緒で変装し、現場に潜入するという番組だ。社員の本音を知りたい。その一心で出演を決めた。
コールセンターでお客様対応するため、商品説明のレクチャーを受けている潜入中の鈴木社長(左)
2017年3月、「覆面リサーチ ボス潜入」(NHK BSプレミアム)というテレビ番組に出演しました。ちょうど今週、4月7日(土)18時30分から、再放送があるようです。
タイトルの通り、「ボス」である会社の社長や役員が素性を隠して現場に潜入。そこで社員の本音を発見する番組です。
最初にNHKからオファーをいただいたのは放映の約1年前。何事も即断即決の私ですが、このときは返答に半年を要しました。正直なところテレビ出演は苦手。それでも決断した決め手は何か。
それは、危機感でした。社長就任から3年、私は「高収益体制」を目指し社内改革を推進してきました。そんな自分と社員との間に溝が生じていないか心配だったのです。
分かっている「つもり」
潜入に当たり、テレビ局が考案した私の人物設定は「場末のスナックのママだった50代の永田さん」(笑)。私がふんする「永田さん」が再就職を目指しさまざまな職場体験をする。そんなテレビ番組の取材という名目で現場に入ります。
潜入先でバレてはなりません。撮影当日はプロによる別人メイクと茶髪のカツラで変身し、服装は着慣れないパンツスタイル。普段は早口なのをセーブして、のんびりした女性になりきりました。
職場体験したのはエステーの4つの部署。それぞれ1日をかけ、先輩社員の指導を受けて働きます。
結論から言うとすべての現場で、経営者としての反省や気付きがありました。
例えば、お客様相談室での体験。消費者からの問い合わせや苦情を電話で受けるこの部署は、私が普段いる本社から200メートルしか離れていないビルにあります。しかも執行役になったときの最初の担当部署。社長就任後に社員たちとお茶会もしていて、よく分かっているつもりでした。
ところが、「永田さん」にふんした私に電話応対を指導してくれた部署一番のエキスパートである女性社員から、ショックな発言が次々に飛び出します。
「社長は一度もこの現場にいらしたことがありません。ぜひ来てほしいのですが」
お茶会の話も出ましたが、そんなことより仕事をしている姿を見てほしいという口ぶり。こんなに近くにある現場に、どうして社長は足を運ばないのかと歯がゆく思っている。彼女は言いました。
「お客様相談室は本来、会社の中心にあるべき。改善につながる声を聞けるのですから。けれど現実には、お客様の声を伝えても改善に向かう手応えがない」
社員には常日頃から「お客様の声によく耳を澄ませよう」と言ってきました。ところが私自身がそのための具体的な行動がとれていなかった。猛省しました。
「見ていてほしい」
「フィールドスタッフ」の職場体験にも衝撃を受けました。
フィールドスタッフの仕事はドラッグストアやスーパーマーケットを回って自社製品の売り場を作ること。高シェア維持のカギを握る存在と考え、社長就任後に人員を増やした肝煎りの部隊です。ところが辞めてしまう人がいたり、個々人のスキルに差が目立ったりと問題を感じていました。
今回、「永田さん」に仕事を教えてくれたのは40代の女性社員。売り場の飾り付けなどは担当者の裁量が大きく、装飾に使うグッズも各自予算内で調達します。
「今度の芳香剤の新製品は鏡台の宝石箱の隣に置くイメージ」。そう語りながら作業する姿にプロ意識の高さを感じました。私への説明を聞くと、センスだけでなく自分なりのセオリーを持って飾り付けを工夫している。とても優秀なスタッフだと舌を巻きました。
しかし仕事中はずっと1人で孤独感がありました。
「装飾が同じパターンに陥りがちなので、たまには違う人の意見がほしい。会社に日報を送っているが、何のコメントもない日が続くと自分は何をやっているのかと虚しく感じる」
彼女は続けました。
「褒めてほしいのではない。見ていてほしい」。
この発言を聞き、私はこのままでは彼女が会社を辞めてしまうと危機感を覚えました。それと同時に、離職が多い理由もスキルが共有されない理由も分かりました。
社員の目の前で謝罪
番組の収録では、最後に「永田さん」の職場体験を指導してくれた社員を本社に呼び、実は社長だったと明かします。
その場で私は社長としての至らなさを詫びました。
そして、お客様相談室のエキスパートにはこう約束しました。「皆さんの集めたお客様の声を、経営陣や関連部署に定期的に伝えてもらう場をつくります。私もきちんと現場に足を運びます」。
一方、フィールドスタッフの女性社員には、新人教育や若手社員の指導に当たってほしいと頼みました。
不安も多くあったテレビ出演でしたが放映後、うれしいコメントが寄せられました。
「エステーには仕事に誇りを持つ、いい社員がたくさんいるね」
まさにその通り。でもいい社員をそろえることは一朝一夕にはできません。先人の育てた社風の賜物。改めて感謝しました。そして社員にもっと仕事を楽しみ活躍してもらうため、現場の声に敏感になろうと心に誓いました。
(構成:福島哉香、この記事は、「日経トップリーダー」2017年8月号に掲載した記事を再編集したものです)
Powered by リゾーム?