自身も「自宅投資」で数千万円の譲渡益を得たという不動産コンサルタントの沖有人氏。自宅投資編の2回目は、ビッグデータ分析から導き出した「割安物件は売り出し価格で即決すべき」などの法則や、良い物件が自然に集まってくるように、買い手がしておくべき準備について取り上げる。不動産業界の構造をよく知ることで、買い手に有利な状況をつくり出すことができるという。
適正な売り出し価格を設定しているマンション物件は、下の図のように平均1カ月半ほどで成約している。つまり相場付近の物件はすぐになくなり、高くても査定価格の+5%以内に設定されていれば適正価格の範囲内と言うことができる。
割安物件は売り出し価格で購入を即決すればいい
実際、成約した物件の売り出し時期からの経過期間で見ると、次の図のように3カ月で75%が売れている。最初の1カ月で成約する物件は売り出し価格と成約価格の乖離率が3.7%と小さい。この差は期間が長引くにつれて広がっていき、6カ月で決まる物件は約10%の値引きをして成約していることが分かる。
つまり、価格設定に応じて販売期間は決まってしまうということが言えるし、一定期間のうちに売りたいなら高値を追うのはリスクになる。このように、視覚化されていなかったものがビッグデータ分析で見えるようになると、これを武器に、買い手である自分に有利な価格設定をしている物件を選ぶ可能性を高めることができる。十分に割安と判断できる物件は売り出し価格で購入を即決すればいいのである。
査定価格というのは3カ月で売れる価格と定義されていて、成約しないなら不当な高額査定価格ということになる。不動産業者が査定価格を高めに設定するのは、売り手から専任契約を取りたいからであり、高く査定した価格では、すぐ売れないことは業者は分かっている。
3カ月の媒介契約が切れる頃に値下げの話をし始め、しびれが切れた売り主に値下げすることを促す。この一連の対応を「顧客を干す」と言う。干された顧客には売りたい事情があるので、値段を大幅に下げた段階で自社の買い手や相場よりも2割以上安く買う買取業者をあてがって売り手、買い手の両方から手数料を得る「両手仲介」を狙う。そんな事情も知らずに、「高い査定を出してくれた」とか「頑張ってくれている」とか言う売買に不慣れな顧客はカモになるだけなのである。
マンションなどの物件を内覧する際に、不動産業者はたいてい「当て物(あてぶつ)」を用意する。3件内覧するなら、1、2件目は3件目より少し劣る物件を顧客に見せる。顧客は最初の2件に煮えきらず、3件目に「これだ!」と自発的に決めるようになるからである。この手法だけで成約率は格段に上がる。顧客も「いろいろ見たけど一番いい物件を選んだ」という実感が生まれ、満足度が高くなる。しかし、これは相対的な比較で錯覚を起こさせているだけで、絶対的な比較ではない。素人だましの基本パターンと考えた方がいい。
我々が始める新サービス「ロボット仲介」には「当て物」は存在しない。同一物件内の別住戸などとの比較は内覧時に提供される「ロボットレポート」で網羅するので、相対比較はレポート上で済ませておくことができる。
購入のコツはスピード勝負の「ヴァーチャル内覧」
一方、内覧のコツは「一番乗り」をするしかない。日本では買い付けは早く入れた者が優先されるからだ。とはいえ、いつも物件を知った翌日の朝に見に行ける訳ではない。そこでお薦めするのが「ヴァーチャル内覧」だ。スマートフォンにはテレビ電話機能があるので、これを使って自分は行かなくても物件から実況中継してもらえばいい。リフォームする工事費用の見積もりは、中継のため部屋に行った業者に依頼してもいい。
1つの住戸で内覧に要する時間は、たいてい10分ほどと実は短い。電気を点けて、クリーニングされた部屋の傷み具合いを確認し、眺望や内装や水周りを一通り見て回り、ドア・窓・収納を全部開け閉め確認をし、部屋の採寸をしたらほぼ終わってしまう。
相続税対策で物件を購入する人には地方の方も多いので、このヴァーチャル内覧を利用してもらっている。スマホの画像はかなり鮮明で、我々はその場で買い付けを入れてもらっている。その方がコストパフォーマンスのいい物件がすぐ買えるのが不動産業界の実態だということを理解しないと、いつまでたっても買えなくなってしまう。
冷静な数値判断と、ホットな気持ちのはざまで決断
足を運んで内覧した場合には「ロボットレポート」が購入支援材料になる。その物件の最近の取引価格、今売られている別住戸の面積と価格、物件自体の評価、周辺での位置づけ、物件の稀少性、人に貸した場合の賃料設定など、判断に必要な数字が並ぶ。このレポートは損得勘定の整理に使い、内覧では物件との相性を感性で判断する。冷静な数値判断と「買いたい」というホットな気持ちのはざまで決断することになる。
また、このレポートには「買い付け推奨価格」が書かれている。売り出し価格通りを満額と言うが、売り主側の仲介業者へのヒアリングから満額でないと買えないと分かっている場合もあるし、売り急いでいるので現金決済がすぐにできることで値引き交渉できる場合もある。こうした売り主へのヒアリングは事前に済ませてあるので、仲介業者は買える最低価格を知っている。レポートの推奨価格を参考にしつつ、迷ったら仲介業者に相談しよう。話をすると気持ちが徐々に整理されてくるのが買い物する際のコミュニケーションというものだ。ここではロボットではなく、ヒューマンが役に立つ。
相続税対策のためにマンションを買う方は資金を潤沢に持っているケースが多い。このため、売買契約の際に「ローン特約」という条項を入れない。ローン特約とは、ローン審査で落ちたら、無償で解約できると言う契約条項で、買い主に有利で売り主には不利な特約になる。契約してから1カ月後に決済して引き渡すとしていても、ローン審査に落ちてしまえば、売り主はまた初めからやり直しとなってしまうからだ。この特約が行使されることが意外に多い。
購入者側のローン審査が重要な理由
そこで、契約にローン特約を盛り込まずにおくと、買ってくれる可能性が高い相手と売り主が判断するので、いい物件が回ってくるようになる。「この人は買うと言ったら必ず買える」と分かっていると、確実に決済したい人には頼りにしたい買い手になる。実際、相続税対策の資産家を抱えていると、流通する前の物件情報や新築のキャンセル住戸などが舞い込むのは、こうした事情があるからだ。仲介業者も早く確実に決済することで、自分の成績を上げることができる。
ここから分かることは、買い手は事前にローン審査を通しておかないといけないということである。自己資金が1000万円でローン審査が5000万円通っている人は6000万円の物件が確実に買える。こうした購入者側の準備が、良い物件を呼び込むために非常に重要になってくる。
「離婚」「破産」「相続」が物件を売り急ぐ3大理由になる。この時、弁護士や金融機関のニーズは「早く現金化したい」である。早く確実に買ってもらえるのは買い取り業者だが、彼らの購入価格は相場の2割以上安くなる。転売するため、2割安く仕入れないとたいした利益が出ないからだ。自宅購入者でローン審査に通り、すぐに決済できる人がたくさんいれば、2割まで値引きたくないマンション物件がおのずとやって来るようになるだろう。
また、どんなに売れ行きのよかった新築マンションも必ずキャンセル住戸が発生する。その物件の購入意思があった人も、販売当時から1年も経つと既に別物件を購入していたりして、あてがうことが難しいことも多い。新築はモデルルームを閉めてしまうと販売現場もなくて売りにくいため、デベロッパーからキャンセル住戸や売れ残りの値引き住戸がやって来る。これもすべて買い手の購入能力を当てにしているので、ローン審査を通して買える状況をつくっておかない人にチャンスは絶対に回ってこないのである。
ヤフーがソニー不動産と資本提携して、個人所有の中古物件情報を紹介するサイト「おうちダイレクト」を立ち上げた。ヤフーというポータルサイトが特定の不動産事業者に送客する構図に対して、約300社が加盟する大手業界団体不動産流通協会(FRK)が「不動産情報サイトの中立性を損ねる」として反発し、昨年12月にヤフーへの情報提供を取りやめることを決めた。これに続いて、全国宅地建物取引業協会も「ハトマークサイト」からヤフーへの物件情報提供を2月下旬で中止すると発表した。
業界内の軋轢と折り合いをつけるには
こうした鳴り物入りのサービスながらも、「おうちダイレクト」は、先日の日経MJの記事によるとサービス開始から3カ月がたって成約に至ったケースはないという。まだまだ知名度を上げることが先決という状況にある。
このサービスは売り主からの仲介手数料をゼロで設定している。不動産仲介業では手数料の価格競争は禁じ手である。安易な減額が業界の収益構造を脅かすからである。仲介手数料も払わずに一般の方がほぼ独力で納得の行く売却をするのは難易度が高いかもしれない。
新興IT企業が不動産業へ参入するケースは他にもある。昨年10月、公益社団法人の首都圏不動産公正取引協議会は、東証1部上場企業のリブセンスに対し、「不動産の表示に関する公正競争規約」に基づいて指導を行った。同社はネット上で誰もが閲覧できる不動産価格推定システムを稼働し、中古不動産売買サービス「IESHIL(イエシル)」を立ち上げ、仲介業者を紹介するという。
どちらのケースにも言えることは、不動産業界を巻き込んでのムーブメントではなく、孤立した事業となっている点である。不動産仲介業は取引に不慣れな顧客と不動産業者が成約した時に手数料を払う仕組みになっている。また、不動産業者同士が契約をまとめる努力をするから成り立っており、独力でできることには限界がある。
顧客の中には、気まぐれに売るのをやめたり、カードローンなどの債務が多いのを隠して上客気取りの人もいる。そんな顧客の質の悪さへの自己防衛のため、不動産業は情報操作をしている側面もある。一方、不動産業者が自分の手数料を増やしたいがゆえに情報の囲い込みをしたりするのは顧客のためにはならない。売買当事者と不動産業者はきつねとたぬきのだまし合いの様相であり、人間同士の信用問題を解決しないことには、問題の解決に近づいてはいないのだろう。
買い手が望んでいるのは「希望条件の物件を適正価格以下で買いたい」である。この条件を満たすと顧客の満足度は高くなる。ロボット仲介では上記の満足度を満たすための検索代行の意味合いが強い。そこに立ちはだかるのは、仲介手数料のカベである。
ロボット仲介をはばむカベ
そもそも買い手の仲介をするのは買い手に物件情報を提供した側であるが、買い手の手数料3%を主張すると、売り主側の仲介会社から物件を紹介してもらえない可能性がある。自分で買い手も見つけて6%取る両手仲介に固執するからである。こうした「物件情報の囲い込み」には厳しい目が向けられており、各種メディアで取り上げられている。しかし、手口は巧妙になるばかりで、法的に禁止しない限り続くと考えた方がいいだろう。そうならば、考え方を変える必要がある。
我々が提供するロボット仲介では3%の手数料を一部放棄し、顧客に購入してもらうことを最優先にしようと考えている。つまり、売り手側に買い手側の手数料も一部取らせて両手仲介に近い状態にするということだ。こうすることで「囲い込み物件」も紹介可能になる。
ここでの大義は買い手が希望条件の物件を購入できるようにすることであり、そのために不動産業界の両手仲介ニーズを巻き込んで行くことにある。仲介手数料の総額を減額したりせず、取引の効率化を進められるかが成功のカギとなるだろう。ただし、買い手側に立つ我々の採算はひじょうに厳しくなると予想している。それでも、通常3カ月かかる契約期間をその半分にできれば、取引量を2倍にすることで、そこで採算が取れるかの実験ができる。不動産業者排除の目的もあり、ロボット仲介サービスは住まいサーフィンの会員に限定して開始する予定だ。
経営課題の解決に役立つ、不動産の活用法を満載
本コラムの著者、沖有人氏の最新刊『経営者の手取り収入を3倍にする不動産戦略』を発刊しました。これからの不動産を取り巻くメガトレンドを踏まえつつ、不動産固有の特徴や、それを生かした経営課題の解決法をやさしく解説しています。多額の減価償却の使い方、タワーマンション節税、相続税評価の下げ方、役員報酬の上げ方、そして手取り収入を増やすタックスマネジメントまで、著者が実績を上げている具体的な手法をまとめました。詳しくはこちらまで。
また、沖氏は、不動産購入に関するセミナーを随時開催しています。ただし、業界関係者の参加はご遠慮いただきたいので、住まいサーフィンの会員に限定したり、当日は身分証明書などを必要とすることがあります。その点はご留意ください。
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