今和泉:この『東京全図』は、“切り方”が絶妙なんですよ。紙の地図といってもスペースは有限ですから、どこかで切らないわけにはいかないんですが、はっきりと「まとまり」「つながり」があるエリアをぶった切ってしまうと、地図としての使い勝手が悪くなります。
山中:なるほど。
紙の地図は「図取り」が命
吉田:そうなんです。紙地図で欠かせないのが、どこまでの範囲を一覧できるよう切り取るか、「図取り」と言われる作業です。紙の大きさ、縮尺、範囲をどう切り取るかで悪戦苦闘しています。
市川:紙を大きくすると広い範囲を詳細に載せられる一方で、広げて見たり持ち運んだりするのには向かなくなります。使いやすい紙の、決められた大きさの中で、必要な部分、多くの人が行く街を切れ目のないように入れるのは試行錯誤です。

今和泉:たとえば、新宿と四谷の間は人の流れは分断されていますが、図も分かれています。
山中:でも、新宿駅はギリギリで入っていますね。
吉田:ええ、やはり東京の地図は、新宿駅を外すことはできません。
今和泉:日本最大の乗降客数の駅ですからね。ここを隅っこに収めつつ、千代田区・中央区~港区北部という、回遊性があるビジネスエリアを漏れなく見渡すことができます。こういうのが「技」だと思います。
山中:確かに。そしてこの辺はなぜか迷いやすいんですよね。
市川:なので、ぜひ入れたかったわけです。
今和泉:日本橋北部は、縦横の直線的な路地が続きながらも、方向感覚が狂いやすいのです。こうやって地図で一望すると、その理由も明白です。ピンポイントの検索で、部分的に拡大した地図だけ見ているとこの穴には気がつきません。

日本橋北部から東神田にかけて、私が「時空の歪む魔の三角形」と呼んでいるエリアがあります。浅草から南下しつつこのエリアを通ると、銀座に行くはずが、いつの間にか東京駅に出たり、あるいは隅田川を渡ってしまう。銀座から北に行く場合も、上野方面へ進んでいるはずが、いつの間にか東にずれてやっぱり隅田川に出てしまったりする。
青いルートは浅草方面(北)から南への進路ですが、江戸通りを南下し浅草橋南交差点で、左右に少しだけ分岐します。この「少し」がだんだん大きな歪みになり、ほぼ90度のズレを生み出します。
銀座方面から北に行く際は、西側の昭和通りを北に進む場合はほぼそのまま北に進めますが、東にある新大橋通りを行くと、気づいたら東に進んでおり、これも90度の差を生んでいます。
このトリックの裏に潜むのが、周囲の格子状の道路網とは異なる角度で、やはり格子状の道路網を持つ「日本橋・神田三角地帯」です。黄緑色で塗った三角形の部分を中心に、影響が広がっています。紙の大きな地図だと、「あ、角度がずれている」と分かるのですが、スマホの小さな画面だと、ぱっと見は整然とした縦横の街路に見えますので、この三角形の存在には気づきにくいのではないでしょうか。
今和泉:編集の皆さんは、人の回遊性や街の連続性があり、切れてはいけない場所を判断することが多いと思うのですが。
吉田:その通りです。
今和泉:どうやって把握されるのですか?
市川:必死になって調べます。地図を見てある程度街の状況をつかむこともありますが、航空写真を見たり、主要施設(公共施設や商業施設)の分布でも見てとれます。日々勉強です。あとはやはり、実際に行って見たり、その土地に詳しい者に聞いて把握しています。なんらかの定式があるわけではなく、アナログチックな努力です。

(後編に続く)
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