それでもイタリアはイタリア?

 奇しくもイタリアの国民投票が実施される12月4日は、オーストリアのやり直し大統領選挙も実施される予定となっている。オーストリアでは自由党のホーファー下院第3議長が勝利すれば、第二次世界大戦後初めて、欧州にて極右の国家元首が誕生する。

 仮にイタリアの国民投票で憲法改正が否決されれば、実質上現政権の敗北ひいては反体制の5つ星運動の勝利となり、かつてのファシズム同盟国(旧ドイツ・オーストリア共和国、イタリア共和国)が復活するかのような皮肉な運命が待っている。

 そうなれば、レンツィ首相が目指していた、莫大な人員整理コストが掛かる銀行セクター改革は頓挫するだろう。硬直した労使関係が再編の足かせとなり、銀行と労組の協議への介入も期待できず、銀行危機の再燃が頭をよぎる。

 ただし、イタリア人にいわせれば、イタリアという国が持つ豊かさを理解せずにバランスシートだけで銀行を評価してはいけないとのことだ。

 確かにイタリアは欧州の中でも訪問後の満足感がこの上無く高い。ミラノやローマといった主要都市だけでなく、夏の地中海のビーチや冬のアルプスのゲレンデなど、余暇を満喫しオシャレや美食を楽しむことを忘れない国民性は、訪れる人を皆ハッピーにする国である。その一方で、不正や汚職といったニュースは枚挙にいとまがないなど、日本人はおろかアングロサクソン的な尺度でもなかなか評価できない国である。昨今メディアを騒がせた銀行危機についても「だって昔から何も変わっていないし、これからも同じだよ。何か問題でも?」と、イタリア人にいわれてしまうと、妙に納得してしまう。

 最近、ロシア出身の妻のせいなのか、娘の同級生のイタリア人パパ友が増えてきた(ロシア人とイタリア人は、とにかく仲良くなるのが早い気がする)。彼らと付き合う中で強く感じるのは、彼らの“人生を楽しみ、家族を大切にする姿勢”のすばらしさである。少しは見習いたいものである。

 そのようなイタリアの国民性を誰よりも理解しているのは、イタリア人である欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁にほかならない。昨今のドラギ総裁の金融政策におけるタカ派的な姿勢が、イタリアの銀行情勢にどのように影響するのか今後改めて注目される。

 もちろんその前に、イタリアの銀行が収益性を改善する抜本的な構造改革が必要となることは疑いもない事実だ。