ロシアでは年金改革に反対する大規模なデモ

 さて、なぜ今になってプーチン大統領はこのような奇抜な形で日露関係の根本的な問題解決への意欲を示さなければならなかったのか。その理由はロシアを取り巻く厳しい地政学的環境にある。ロシアは米国との関係改善に期待を寄せていたものの、その思いはかなわなかったどころか、米露関係は冷戦時代に例えられるほど悪化し、改善の兆しすら見えていない。

 米国による制裁はロシア経済、特にルーブル相場に圧力をかけ、海外からの投資のハードルを高くしているばかりではない。ロシア中銀の最新の報告書によれば、制裁に関連する要因が同中銀のリスクシナリオに含まれている。つまり、制裁がより厳格化し、かつ幅広く適用された場合、ロシアは再び景気後退に陥る可能性があるというものである。

 国内要因としては、政府が実施を目指している年金改革(定年年齢の引き上げ)に反対し大規模なデモが行われるなど、不安定な内政が続いていることが挙げられている。これはソ連崩壊時に比べるほどではないにしろ、近年でもっとも厳しい環境であることをロシア政府は認識している。

 こうした中で、プーチン政権の動きからは、安倍首相の良好な関係構築への努力に応え、インパクトの強い平和条約を締結し、国際舞台におけるロシアの評判を高めようという強い意思が読み取れる。さらにこれは、欧米との関係悪化により我慢を強いられている国民に対してアピールする機会でもある。もちろん、アジアのみならず世界規模で力が増している中国を牽制しようとの思惑があることも否定できない。

 もちろん、領土問題の解決がないまま平和条約を結ぼうという呼びかけに対する日本側の答えはノーである。だが、ロシア側には日露間の領土問題解決について実行力のある人物は、事実上プーチン大統領をおいてほかにはない。

 プーチン大統領自身が年内に解決するという強い意思を示したことや、「ひらめき案」を公の外交の場で発表したことで一種の解決に向けての意欲表明となった。日本政府にとっては今や、長年の交渉が実を結ぶ可能性が出てきたと言えよう。

 ロシア側が考えている解決策とはどのようなものだろうか。プーチン大統領が2000年の就任以来訴え続けている「1956年日ソ共同宣言」への回帰、つまり二島(色丹・歯舞)返還の後、平和条約を締結し、その後残りの二島(択捉・国後)を返還するスキームが可能性の一つと判断される。無論、日本政府は、四島一括返還後の平和条約締結が基本方針となっているため、受け入れることはできない。

 ただ、早期解決したいという点では双方の考えは近い。実際、安倍首相はロシアから帰国後、9月14日の日本記者クラブの討論会でも、平和条約締結は、従来の基本方針と変わらないという立場を示したうえで、「今年の11月、12月の首脳会談は重要なものになる。私が意欲を見せなければ動かない」とも述べている。

 領土問題は非常に難しい議題であるものの、両政府は双方の国民が納得できる解決策に向けて努力と話し合いを前進させる可能性が高まったともいえるだろう。年内に行われる首脳会談への注目度が高まっている。

図表1 北方領土交渉の歴史
図表1 北方領土交渉の歴史
(出所)内閣府および外務省より大和総研作成
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