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制裁によるロシア経済への影響は続く

 高い経済成長の妨げになっているのは、国内の事情により発生する要因だけではない。欧州委員会は3月に対ロシア経済制裁を18年9月まで延長した。時期を同じくして、3月に英国で起きたロシア人の元スパイとその長女の毒殺未遂事件で、英国政府はロシア政府がこの事件になんらかの形で関与しているとし、対抗措置としてロシア人外交官23人を追放した(原稿執筆時)。ロシア経済発展省が見通しを立てる際に対ロシア制裁がしばらく継続することを前提にしていることは理に適っている。実際、最近の米国の動きを見る限り、制裁が継続されるだけではなく、制裁対象の個人や企業のリストも拡大しているようである。

 米国は「クレムリン・レポート」と称する報告書を今年1月29日に発表した。報告書の中の制裁対象者のリストには210人のロシア人エリート(内訳は114人が官僚、96人が10億ドル強の資産を有する実業家)の名が挙がっている。このリストに記載されたロシア人に対する制裁には、米国の入国制限や資産凍結といった具体的な措置が特に盛り込まれているわけではない。このため、直ちに影響が出ることはなさそうであるとはいえ、マークされたことによってビジネス上の制約が入りかねず、中長期的には悪影響が表れる可能性が否定できない。さらに、ロシア国債に対して新たな制裁が導入される可能性があり、やはり制裁は今後も影響し続ける可能性が高い。

 一方、ロシア政府は制裁に対する批判と反論を繰り返している。プーチン大統領は対ロシア制裁を「不法な競争手段」、「ロシアの軍事力に制約を与えることが目的」などと非難。ロシアのメディアは今回の米国による制裁の発表が3月18日の大統領選挙のキャンペーンの開始時期と重なったことに注目し、制裁発表がロシア大統領選への関与であると批判している。

 制裁が継続される限り、ロシアにとっては石油開発をはじめ必要な技術移転が不可能となり、ロシア経済の「屋台骨」である石油産業に大きな打撃が及ぶことになる。その顕著な例として、最近米石油メジャー、エクソンモービルが、ロシアの国営石油開発最大手ロスネフチとの間で13年~14年に設立した北極圏での石油開発やシェール石油開発の共同事業のための合弁事業を解消すると発表したことが挙げられる。

 短期的な影響は、言うまでもなく制裁対象の銀行や事業会社による海外市場での資金調達が困難になることであり、それらの銀行や企業の事業拡大やさらなる発展を阻んでいる。欧州復興開発銀行(EBRD)は14年以降、ロシアのプロジェクトに対する資金提供を停止した。ロシアの経済協力開発機構(OECD、「ゴールデン・ビリオン・クラブ」とも呼ばれる)への加盟に向けた交渉も中止された。制裁による実際の影響は、明確に対象を定めた規制よりも遥かに広範に及ぶ。ロシアがグローバルバリューチェーン(世界分業)への統合などの機会から切り離されていることに対する懸念は高まっている。

経済発展と軍事産業に主眼を置く

 3月1日に行われた年次演説は、選挙後のプーチン新政権が国民に向けて発した「公約」の役割を果たすことになりそうだ。

 演説では、社会経済や福祉に関しては、20年代半ばまでにロシア経済が世界で上位5位に入ることを目指し一人当たりGDPを1.5倍に拡大させることや、00年に4200万人にのぼっていた貧困層が現在2000万人まで減少したが、今後6年間でその数を半減させる必要があること等が触れられた。

 さらに、今回の年次演説でプーチン大統領は、現在のロシア人の平均寿命は72.5歳(男性が67.5歳、女性が77.4歳 )で先進国と比較して見劣りするものの、10年後には80歳まで伸び日本やドイツ、フランス並みになることを目標とすることにも言及した。国民生活改善に向けた投資以外にも、国内インフラ、とりわけ道路や地方の空港網を拡大させるという目標が設定され、そのための投資は向こう6年間で11兆ルーブル(約20兆円)になると強調した。

 英国のBBCをはじめ多くの海外メディアが重視したのは、軍事力強化の方針が今回の年次演説に大きな比重を占めていたことである。演説の中で挙げられた国防強化の方向に関するいくつかの例の中で特に目立ったのは、ロシアの極超音速ミサイルシステムが完成したとの発表であった。この発表は一見、ロシア・米国間で繰り広げられている軍事力を巡る競争がさらに激化する可能性を示唆しているが、そこに経済的な意味合いもあることを見逃してはならない。

 周知のとおり、ロシアの主な輸出品は石油、天然ガス、穀物類、そして武器である。現在ロシアは武器輸出では米国に次ぎ2位であり、年間輸出額は150億ドル(世界シェアは14%) にのぼっている。そのため、新しい武器やミサイルシステムについての言及は、武器の輸出拡大につながる可能性のある「新商品の品揃え」の披露であったと言える。

 大統領選後を強く意識した年次演説はロシア経済の現状と今後あるべき姿の青写真のようなものであった。野心的な課題が列挙されたものの、注意して読めば、目標の一つに挙げられた一人当たりGDPの増加は、原油が値上がりすればルーブルが上昇しドル換算のGDPが「自然に」増加することから達成が「容易」と言える。それ以外の目標の達成に必要な原動力や投資財源については具体性を欠き、生産性の向上や歳出の効率化、民間資金の活用拡大に言及するに留まった。それが現在、対外的な制約を受けているロシア経済の真の姿であり、向こう数年間は飛躍的な成長が困難であることを示唆していると言えよう。

 今後6年間でロシアが持続可能な経済成長を確保し、プーチン氏が年次演説で示した課題をこなすには、構造改革に対する首相をはじめ新政権の閣僚の意思が重要になる。5月7日に開かれる大統領就任式の後に発表される新政府のメンバーにも注目したい。