庶民が聖書の中身を知ろうと思ったら、教会に赴いて神父が聖書を朗読するのを耳にするしかありませんでしたが、神父は教会にとって都合の悪い箇所はけっして読まないため、庶民が聖書の全貌を知る術はありません。

 これにより、教会がどれほど聖書の教えに反する“瀆神(とくしん)行為”を犯そうとも、それが庶民の知るところとならないため教会批判は封殺され、教会からの自己批判も生まれず、悪事のやりたい放題、女性に性的暴行を加えるわ、売官はするわ、「娼婦政治(ポルノクラシー、10世紀前半のヨーロッパにおいて、ローマ教皇が娼婦などの女性たちにより強い悪影響を受けたとされる時代)」などと呼ばれる腐りきった状況に陥ります。

 ラテン語が読める一部の知識人たち(大学教授など)は、「聖書に書かれた神の教え」と「教会の実態」があまりにもかけ離れたものであることはわかっていましたしそれを嘆きもしましたが、一知識人ごときでは「知の独占」を武器に絶対的な権威を有していた教会に逆らう力などなく、“泣き寝入り”状態が長くつづきます。

 ところが、ひとつの“技術革新”が教会による「知の独占」を決壊させ、歴史を大きく動かすことになりました。

 それが「印刷術」です。

 中世までの書物は、書写(手作業で書き写すこと)でしか複製できなかったので、庶民にはおいそれと手の出せない高級品でしたが、中世末期になると急速に「印刷術(木版印刷・活版印刷)」が普及したおかげで安価な書物が大量に流通するようになったためです。

ヨハネス・グーテンベルク(1398年頃~1468年)が1455年、活版印刷により製作した聖書。印刷技術の発明は、人類の知の解放に計り知れない貢献をした。この後、聖書は大衆に普及していく。(写真:提供:Bridgeman Images/アフロ)

 これにより、知識人たちが教会腐敗を糾弾する本をつぎつぎと出版し、英訳聖書・独訳聖書・仏訳聖書など、聖書を各国語に翻訳しはじめます。

皆の者、よく聞け!
  神の教えは聖書の中にあるのであって、教会にではない!
  今の教会は腐りきっている!
  個々人が聖書をよく読み、教会の指導ではなく聖書の教えに従え!

 これが所謂「宗教改革」であり、教会による「知の独占」が崩れたことによって、盤石だった教会の支配体制は足元から崩れ落ち、近世の幕開けが始まったのでした。