敵意というものは、どんなに隠そうとしても敏感に相手に伝わるものですが、それはたいてい増幅されて自分に返ってきます。自分に返ってきた敵意はさらに増幅されて相手に向かう。こうして、ひとたび生まれた敵意は負のスパイラルとなって、人間関係は修復不可能なまでに泥沼化、最終的には自分の首を絞めることになります。

 最初に敵意を持ったのが自分であれば、自分の発した敵意が鏡のように自分に返ってきているだけですから、「因果応報」「自業自得」と言えるかもしれませんが、逆に、初めこちらは敵意なんか持っていないのに、相手が勝手に自分を敵視してくることもあります。そのようなときであってもやはり、敵意を敵意で返してはなりません。

人を呪わば穴ふたつ
 (人に害を与えようとすれば、やがて自分も害を受ける)

 敵意というものは、それが相手から発せられたものにせよ、自分から発したものにせよ、結局は両者にとって益となることはないためです。では、このようなときにはどう対処したらよいのか。

 それでは「敵」との間合いの取り方を、歴史の中から学んでいきたいと思います。

“敵”であっても自陣に取り込んだナポレオン

 ところで、孫子の兵法のひとつに「智将は務めて敵に食む(優れた将軍は、軍事物資や兵糧などを敵地で調達する)」という訓戒があります。

 ナポレオン・ボナパルト(1769~1821)が一代でヨーロッパを制覇することができた理由のひとつも、じつはここにあります。軍隊というものは、いわば“破壊活動の専門機関”ですから、生産性はゼロのくせに消耗は激しい。

ナポレオン (写真:PIXTA)
ナポレオン (写真:PIXTA)

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