前車の覆るは後車の戒め

 ちょうど同じころ、イタリア同様、アドルフ・ヒトラー(1889年~1945年)のドイツもまた、死に物狂いでドイツ陸軍・空軍の増強と練兵に力を注いでいましたが、このときのムッソリーニの失態を目の当たりにして一抹の不安を感じます。

自分が再建したドイツ軍は、ほんとうに実戦で役に立つのか。

 そこでヒトラーは、ドイツ軍がどこまで実戦で通用するのか“予行演習”したいと望むようになります。その絶妙のタイミングで、スペインに動乱(スペイン内乱 1936年7月~1939年3月)が起こりました。

 ヒトラーはただちにこれに介入し、1937年4月にはスペイン北部の町に大空襲をかけさせています。これこそがパブロ・ピカソ(1881年~1973年)の作品の題材ともなった「ゲルニカ爆撃」です。

 ボクサーでも「100回のスパーリングより、1回の試合」を経験した方が強くなるといいますが、軍隊も実戦経験を経ることでグッと強くなります。こうした経験からドイツ軍は、実戦でなければ気がつけない軍事行動上の問題を洗い出し、強さを増していきました。もしこのときの“予行演習”がなければ、ひょっとしたら第二次世界大戦でドイツもあれほど暴れまくることはできなかったかもしれません。

スペイン内戦中の1937年4月、ヒトラーはスペイン北部の街・ゲルニカに対して無差別爆撃を行った。(写真:Everett Collection/amanaimages)

現在のアメリカと、ヒトラー時代ドイツの“予行演習”

 このように、突発的に起こった戦争でもない限り、戦争を決意した国はまず“予行演習”を行って自軍の問題点を炙(あぶ)りだしてから、「本戦」に臨むというのが常套です。

 今回、アメリカはシリアに爆撃を行い、アフガニスタンでは今までアメリカ軍が実戦で使ったことのない新型爆弾を使用しました。これはもう、アメリカがすでに開戦を決意し「本戦」を前にした“予行演習”を始めていると考えるのが自然です。

 もはや現状は、第二次世界大戦の開戦前日である「1939年9月2日」のような状況になってきているのです。

 ヒトラーは1936年3月のラインライト(ライン川に沿うドイツ西部の地名、第一次大戦後の平和条約であるヴェルサイユ条約により非武装地帯に定められていた)進駐以来、挑発行為を繰り返していました。

 しかし、当時の英仏はとにかく「事なかれ主義(宥和政策)」。それがかえってヒトラーに見くびられることになり、ヒトラーはオーストリア併合・ズデーテン併合・チェコ併合・スロヴァキア保護と、つぎつぎと自分の要求を実現させていきます。しかしこの成功はヒトラーを慢心させました。

よし、次はポーランドだ!

 「総統閣下、それだけはおやめになった方が! もはや英仏の怒りは頂点に達しており、今度こそ戦争となってしまいます!」

うろたえるな! あやつらは腑抜け、今度も黙認するに決まっておる!

 しかし。ヒトラーの思惑は外れ、ドイツ軍がポーランド侵攻を始めた1939年9月1日のわずか2日後の3日、ついに英仏がドイツに宣戦布告、第二次世界大戦が幕を開けることになります。慌てたヒトラーはなんとか外交的解決を図ろうと、何度も何度も英仏に和平交渉を持ちかけましたが、もはや時すでに遅し。取り付く島もなくヒトラーは破滅に向かっていくことになりました。

 このときの英仏=アメリカ、一方のドイツ=北朝鮮、ラインラント進駐以降のヒトラーの拡大政策=北朝鮮の挑発行為(ロケット発射など)──と読み直すと、現在の状況は驚くほど1939年に似ています。

 そして、4月5日の北朝鮮によるロケット発射が「ポーランド進撃」となって、米朝開戦へと突き進む様相を呈してきたと言えます。