開戦してみると、急造イタリア軍は弱かった

 ところが!

 いざ開戦してみると、急造イタリア軍の弱いこと! イタリア軍はたかがエチオピア軍ごときに苦戦の連続を強いられます。戦線は膠着し、短期決戦どころか1936年へと越年しても埒があかず、モタモタしているうちにムッソリーニが何より恐れていた「経済制裁」に向けて国連が動き始めてしまいました。

 ただ、このときの国際連盟が腰抜けで、きわめて中途半端な制裁(石油禁輸は除外された)に終わったため、ムッソリーニは間一髪これを乗り切ることができたものの、のちに彼はこう述懐しています。

もしあのとき、1週間でも2週間でも経済制裁が石油禁輸に及んでいたら、我がイタリアは崩壊していただろう。

 戦争に敗れるどころか、政権そのものが倒れていた可能性は高いことをムッソリーニ自身が認めているほど危機的な状況に追い込まれたのです。

 よほどこの失態に懲りたと見えて、ムッソリーニは以降しばらく大人しくなってしまったほどでしたが、それというのもすべては“予行演習”もせずに自軍の力量を過信して、いきなり「本戦」へと突っ走ったムッソリーニの軽率さゆえです。