しかしながら、どんなにすぐれた人物がどれほどの努力を投じようとも清朝や、徳川幕府を救うことはできなかったように、「老いから来る死(滅亡)」を逃れる術は存在しません。

 18世紀に躍進し、19世紀にAA圏(アジア・アフリカ文化圏)の人々を隷属させて我が世の春を謳歌したヨーロッパ諸国も、20世紀には停滞し、21世紀は「老い」の症状を示して「衰亡の世紀」となるでしょう。そして22世紀には、もはや世界的に見てほとんど影響力を持たない“辺境国”となり下がって、ヨーロッパのことなど誰も顧みない時代が到来していることでしょう。

振り返って日本

 しかしながら、もちろんそれは“対岸の火事”ではありません。栄えた者は必ず潰(つい)える。日本もまた20世紀末、日本メーカーが世界を席巻し、繁栄を謳歌する「バブル時代」を迎えました。歴史を紐解けば、こうしたときが一番殆(あや)うい。

勝って兜の緒を締めよ。

 こうしたときこそ、いよいよ気を引き締めていかなければならないのに、当時(20世紀末)の日本は上から下まで、そして右から左まで、まさに日本中が浮かれ、舞い上がっていたものです。“大人買い”と呼ばれる「ここからここまで全部ください」という常軌を逸した商品の購入の仕方が横行したり、ソバに金粉をまぶしたり、数千万円の福袋が飛ぶように売れたり、OLがタクシーで通勤したり、眉をひそめたくなるようなお金の使い方が横行していきました。筆者は当時まだ大学生でしたが、こうした風潮に危機感を感じていたものです。

嗚呼、こんなことでは日本はこれから厳しい時代がやってくるぞ。

 筆者の予想どおり、まもなくバブルははじけ、以来、四半世紀経った今ものたうち回って苦しみ、そのころ全盛を誇ったソニーやシャープ、東芝は今や風前の灯火です。

 しかし──。第二次世界大戦の敗戦で国をリセットしてからすでに約70年が経っているとはいえ、同じく衰えを見せている欧米諸国とは違い、筆者は日本にはある種の期待を抱いています。それは、筆者が日本人であるという贔屓(ひいき)目もあるかもしれませんが、何と言っても日本は、これまで何度も国家存亡の機に立たされながらこれを日本人特有の智恵と努力で乗り越え続け、人類史上でも唯一「神話時代から一度も滅亡したことがない国」だからです。

 日本はこれからも長く辛酸を味わう歴史を歩むことになると思われますが、しかしいざとなれば、持ち前の「日本力」を発揮してくれることを期待しています。