“世界一民主的”憲法と謳われたワイマール憲法ですら、いざとなれば大統領はいつでも合法的に「独裁者」に生まれ変わることができるようになっていたのです。

 こうしたシステムは洋の東西を問いません。例えば中国においても、清朝は国難にあっては「欽差官(きんさかん、欽差は皇帝が差し遣わせたという意味)」という臨時官職が設置され、いちいち皇帝へお伺いを立てることなく独断専行し、皇帝へは事後報告のみでよいという絶大な権限が与えられました。日本においては、徳川幕府の「大老」という臨時官職がこれに当たり、大老が決定したことは時には将軍ですら覆せない権限が与えられました。

政治はバランス感覚

 平時においては、そのメリットを最大限活かせる「民主」的システムを前面に押し立てて運営し、難局にあっては、そのメリットを最大限活かせる「独裁」を以て切り抜ける。そして平時に戻れば、それとともに「民主」体制に戻す。こうした「民主と独裁」を巧妙に使い分けることを経験的に知っていた王朝や国家は、総じて長く継続しています。

 歴史をひも解けば、国家の平均寿命は200年。300年保てば「長期政権」と言われる中、ローマ共和国は地中海を制覇するという偉業を為した上、500年もの長きにわたって命脈を保ち、清朝は東アジア大陸を制覇した上、300年も続きました。徳川幕府にしても「徳川三百年」という成語があるほどです。

 「民主主義」のみを絶対視し「独裁」的要素をまったく取り入れなかった政府、あるいは、その反対に完全な「独裁国家」と化して「民主要素」を一切排除した政府は、総じて長期政権たりえません。

一見“水と油”に見えるが

 民主主義を素直に信じて来られた方々には、なかなか理解してもらえないと思いますので繰り返しますが、あくまで「民主的」な仕組みと「独裁的」な仕組みは“2つで1つ”だからです。箸が1本では使い物にならないように、鳥も片翼だけでは飛べないように、政治も一見“水と油”に見える「民主」と「独裁」をどのようにして融合させ、折り合いをつけることができるか。ここに国家の命脈がかかっています。