トランプ政権を“世界史的観点”から考える

 過ぐる年のアメリカ大統領選において、ドナルド・トランプ候補がブチ上げた数々の公約──。それらがあまりにも荒唐無稽で幼稚で、世界中の人々は彼がどこまでホンキなのか計りかねていましたが、いざトランプ氏が大統領になってみると、次々と「大統領令」を連発して、自らの公約を実現していこうとしています。

 こうした彼の動きに対して、世界の大勢は批判的ですが、一方で、トランプ大統領を支持する人が少なくないのも事実です。

 今回の講座では、その是非はひとまず横に置いておき、ちょっと視点を変えて、彼のこうした動きが“世界史的観点”からどのような位置づけにあるのかを見ていきたいと思います。

「民主主義」は転機を迎えている

 現在、多くの人たちは物心ついたころから「民主主義」の重要性を徹底的に叩き込まれているため、なかなか理解してもらえませんが、民主制というものは世界史の視点から見ると“普遍的”でもなければ“絶対善”でもありません。とりわけ20世紀末から今世紀にかけて、かねて信奉されてきた理想的な民主主義制度は、今の時代と少々、齟齬をきたしているのが現実です。

 その昔、世界中に封建制が広がっていた頃も、その時代にそこに生きた人々は「封建制こそ唯一絶対の統治システム」と信じて疑いませんでしたが、今や時代遅れとなって一掃されてしまったように、「民主主義」は今、大きな変化の時代を迎えているのではないかと私は考えています。

民主的と独裁的は表裏一体

 このことに関する詳細は拙著(『「覇権」で読み解けば世界史がわかる』[祥伝社]や『戦争と革命の世界史』[大和書房]など)に譲りますが、民主制と言えども完璧な制度であるはずもなく、その制度の内部に多くの欠陥を抱えています。民主制というのは、「泰平の世」にあっては比較的健全に機能しやすいのですが、「戦乱・混乱・頽廃の世」にあってはたちまち機能不全に陥ってしまう、構造的欠陥を持っているのです。

 世界史的視点からすると、国家が本当の存亡の危機に陥ったとき、これを乗り越えることができるシステムは「独裁」的な対応しかないのです。巷間、「独裁的=悪」「民主的=善」という幼稚なステレオタイプの考え方が蔓延していますが、そうとは言い切れないのです。