仕事を教える人間は、“優秀”である方がいいというわけではない。(写真:grinvalds/123RF)
「教える」とは大変な知的作業であり成長機会である
以前の当連載『新入社員を部下の成長機会に活用する』で、新入社員の教育係として一番ふさわしいのは、彼よりもほんの“ちょっとだけ”優秀な社員、すなわち入社2~3年目くらいの社員だ、という話をしました。
つまり、熱心な管理職は「教育係には優秀な先輩社員を」と考えるが、右も左もわからない新人に「優秀な」社員のほどこす教育など高度すぎて理解できない。新人のレベルに適合した「そこそこ」の教育を与えるほうが、彼の成長はずっと早くなる。なにより、その「そこそこ」レベルの先輩社員も、「新人を教育する」という機会を持つことで大きく成長する。この件に関して、ちょっと追記をしておきたいと思います。
あなたは多くの日経BPのコンテンツ群の中から、拙稿を探してお読みくださっているからきっと優秀な方です。優秀なのは大変結構ですが、しかし「名選手、かならずしも名監督ならず」という言葉があるように、優秀な人は往々にして「できない」人のことに想像力が及びづらいことがある。それを私は危惧する。
あなたはもしかしたら、上記リンクの連載を再読くださってなお「まだまだ半人前の部下を新人の教育係につけるのは不安だ」とお思いかもしれない。だとしたらあなたは、その優秀さのゆえに部下の能力を信じきれていないのではないでしょうか。
「教える」とは、ものごとを系統立ててアウトプットすることです。先輩社員は教えるにあたって、頭の中にある雑多な知識や情報をきちんと再構築せざるを得ません。これまであやふやだったこと、「なあなあ」ですませていたことを改め、教える事柄について理解を深めておく必要もあります。これは実は大変な知的作業です。前段で「先輩社員も成長する」と書いたのは、ここに理由があります。
ライバル企業との差別化は「人材」で行なう
ここでもうひとつあなたに想像していただきたいことがあります。(あなたの目からすれば)低レベルなものであれ、部下全体の資質が少しでも向上すれば、それはあなたにとっては「メリットしかない」のです。
私は、講演やセミナー、著述活動などでしばしばこんなことをいいます。「現在は、商品やサービスでは他社との差別化がはかりにくい時代です」と。売れる商品なら仕入れることができる。評判のいいサービスなら真似することもできる。つまりそこでは差別化はできにくい。ところが、育った社員は違います。これはちょっとやそっとのことでは真似できない。どうしたって人を育てるのは手間も時間もかかる作業です。会社にとっては最大の差別化要素になる。
わが社の主業務であるダスキン事業は参入障壁が比較的低い業界で、都内だけでも200もの代理店があります。当然、ライバル企業はわが社のシェアを奪おうとしますが、今日までことごとく蹴散らしてきている。それはわが社が人材教育に惜しみなくコストを費やし、お客様の満足度を高め、「ダスキン武蔵野から買おう」と思っていただくことに成功しているからです。
「差別化」は、会社の勝ち残り戦略の最重要のものという意識があるためでしょう、経営者はもとより管理職も「抜きんでた商品やサービスを開発して…」と力んで考えてしまうものです。お気持ちはわかりますが、現代の社会情勢、産業構造にあっては、それはよほど特殊な業種・業態でない限りはほぼ無意味です。他社との差別化は、なによりも人材ではかるのが一番確実で手っとり早い。あなたはこのことをしっかりと心に刻んでください。
“できる社員”に「業務マニュアル」を作成させてはいけない
もうひとつ、「“ちょっとだけ”優秀な社員」にこそ、やらせるのがふさわしい仕事があります。「業務マニュアル」づくりです。
どんな会社でも業務マニュアルはつくっているでしょうが、たいていは活用されていません。棚の隅で埃をかぶっているか、PCのハードディスクの奥深くに保存されたまま忘れられているものです(ほらほら、耳が痛い人もいるでしょう?)。それはなぜか。理由は単純です。業務に精通したベテラン社員にマニュアルを作成させたからです。
なにしろ「マニュアル」だし、ベテランにやってもらったほうが確かなものができるだろう…。言葉面だけを見ればその通りですが、よく考えてください。業務を熟知している社員はマニュアルを必要としません。そんな社員に作成を担当させるとどうなるか。いうまでもありませんね。マニュアルを「つくる」こと自体が目的化してしまいます。「このマニュアルが活用される」という場面がイメージされないまま、マニュアルができあがる。
だからといって、ベテランや優秀な社員以外の者にマニュアルをつくらせたらそうした問題を解決でき、よいマニュアルができるとは想像しにくい…あなたはそう思うかもしれませんね。では具体的に解説しましょう。こんな状況を想像してください。
いまあなたの配下のAくんは、とある業務を担当している。あなたは彼に命じます。「いま、きみがやっている業務のマニュアルをつくっておきなさい」と。マニュアルづくりはまっさらの新人にはいささか荷が重い仕事ですが、入社2~3年目くらいの「“ちょっとだけ”優秀な社員」であればさほど大きな負担にはなりません。
またこの時点では、マニュアルの完成度については気にする必要はありません。とりあえず「あればいい」です。大切なのはその次、Aくんが異動や担当替えになったときです。
最初の段階では、業務マニュアルの完成度については気にする必要はない。とりあえず「あればいい」。(写真:ragsac/123RF)
引き継ぎのたびにマニュアルが洗練されていくようにせよ
後任のBくんは、Aくんの残したマニュアルを見ながら業務の引き継ぎをする(のが普通だと思いますが、もし彼がそうしなければ管理職たるあなたが、しかるべく指導する必要があります)。Bくんから見れば、Aくんのマニュアルは「マニュアル」とさえいえない粗雑で難解なものでしょう。着任したばかりで業務のことが理解できていないのだから当然です。やむなくBくんは前任のAくんにあれやこれやと質問をすることになる。
引き継いだ次の担当者が、完成度を高めてきた
それがどうした、当たり前のことではないか、とは思わないでください。実はこれは非常によくできた仕組みです。なぜならばAくんにしてみれば「なにを、どう伝えるべきか」を考える必要がないからです。自分がつくったマニュアルに欠けているものは、全部Bくんが質問して上書きをしてくれる。こんな楽で確実なことはありません。BくんはAくんの後釜が勤まる程度には優秀ですから、このあたりでの行き違いはほぼないと考えていいでしょう。
あとはこの繰り返しです。やがてBくんが異動になるときは新任のCくんが同じことをし、以下Dくん、その次はEくんが同じことをします。かくして担当者の異動のたびに業務マニュアルは洗練されていき、ついには異動の初日からでも前任者と同じように仕事ができるマニュアルが完成します。
わが社の自慢のひとつは、あらゆる業務が高度にマニュアル化されており、突然の人事異動があってもだれも、なにも困らないようになっていることです。それはこのようにして営々とマニュアルを改訂してきたことの賜物といえます。ただ漫然と「マニュアルをつくれ」というだけでは有用なものはできません。マニュアル作成に適した人間を考え、マニュアル改訂を続けるに適した人材を工夫する管理職こそが優秀なのです。
(構成:諏訪 弘)
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