震度が4以上だったらどうする。4未満だったらこうする…。地震発生から24時間で通常業務に戻ることができたのは、ひとえにルールを定めていたことに尽きる、と達城本部長は断言します。やるべきことが決められていた。そしてそれが的確だった。だから早期に復旧できた。実はこれはそういう単純な話なのです、と。

「完璧なルール」を作ろうとしてはいけない

 地震が発生したとき(午前7時58分ころ)会社はまだ始業前でしたが、すでに達城本部長を含む数人が出社していました。社長は出勤途上の電車の中。当然、携帯電話は極端につながりにくくなっており、連絡がつきません。ここに至って指揮権は達城本部長に移りました。関通もまたわが社と同じように、「その場にいる一番職責の高い者の判断・指示で解決に当たる」と定めていたのです。

 達城本部長がしたのは、社内にいた全員を屋外に避難させ、安全を確認したこと。続いて、これまた社内にいたスタッフを総動員してお客様に連絡を取ったことです。お客様の中にはまさに18日のうちに関通から貨物を受け取る予定だった人もいる。しかし本日こういう状況とあってはそれも難しくなりました…、とご説明申し上げるわけです。

 これは、(当然ながら)電話が非常につながりにくい状況にあったこと、お客様の中にも被災されたかたが少なくなかったこともあって非常に困難な作業でしたが、なんとかその日のうちに完遂することができました。

 同社が保有する倉庫の確認もしました。さすがに棚の転倒・貨物の落下には充分な対策がとられていましたが、それでもお客様からお預かりした荷物の中には軽微な被害が出たものもありました。これもまたその日のうちにお客様に連絡し、状況のご説明とお詫びとを申し上げたそうです。こうした采配が奏功し、地震翌日にはもう運送も手配できるようになり、業務が回復した。もちろん今後の余震等の予断は許しませんが、まずは見事な対応・手際だったと思います。

 ここで、あなたはこう思うかもしれない。「それは関通がしっかりした対応策をつくっていたからだろう」「しかしそもそも、どうやったらそんなものがつくれるのかがわからないのだ」と。なるほど、ごもっとも。ではお答えしましょう。大切なのは、完璧なルールをつくろうとはしないことです。

 そもそもなぜ「不測」の事態になるかといえば、過去に経験したことがない(=正しい対応のしかたがわからない)事案が発生したからでしょう。そんなものに対して正しいルールなんかつくれるわけがない。ルールは、とにかく「つくっておく」ことと、「ある」ことが大切です。運用しながら不都合が見つかれば、その都度少しずつ改善を加えていけばいいのです。

(構成:諏訪弘)