社会では経験こそがものを言う(写真:PaylessImages/123RF)
武蔵野では入社式の直後に新卒社員を「実戦」投入
現在は4月2日、私は都内のとあるホテルの控室でこの原稿を書いております。実はつい先ほど、入社式がつつがなく終わったところなのです。本年度、わが社が迎えた新卒社員は男女合わせて26人。過去最大の数です。ここ数年の超売り手市場・超人材難の時代に、一介の中小企業がよくもこれだけ採用することができたなあ、と感慨もひとしおです。これはひとえに、わが社の採用担当部門の頑張りの賜物です。2017年に20人入社し、退職者ゼロ。2016年に21人入社し、退職者が2人で、入社後のフォローに力を入れています。
わが社のフレッシュマンたちは、閉会の挨拶もそこそこに先輩社員に見送られて、ダスキン製品のセールスに向かいました(わが社では、どの部門に配属されようとも必ず一度はセールスを経験するルールになっています)。普通の会社なら入社式の後はオリエンテーションをしたり、社内研修などを催したりするのでしょうが、わが社ではそういうことは内定期間中に全部済ませてしまっている。
セールスに向かう新卒社員に対しては、もちろん内定期間中にみっちりと研修をしています。お客様へのご挨拶は、何回もロールプレイングをしています。このモップの特徴はこれこれ。このサービスの優位点はこれこれ。単純にアピールしなさい。お客様からこう言われたら、こうお返ししなさい云々と。
しかしまあ、それで売れるかと言えば、ほとんど売れないですね。過去、一番多く売ってきた新卒社員でも、一個数百円のスポンジを8個~10個がせいぜい。それもそのはず、いくらロールプレイングで想定問答をおさらいしていても、しょせんは座学です。そのまま実践で通用するはずがない。人件費はかかるし、交通費などの経費も発生するしで、単純に収支でいえば大赤字もいいところです。
ですが、それはそれでいいのです。これは「売ってくる」「利益を出す」ことが大切なのではなく、「売れない」「売ることができない」体験をしてもらう目的でやっているものなのですから。
経営者が新卒社員に成果を「期待」するのは間違い
普通の社長は、入社式では「皆さんには期待しています」などと挨拶します。この「期待しています」とは、「皆さんがたくさん利益を上げてくれることを期待します」という意味でしょう。一言、「無理」です。だいたい、社会人としては赤子も同然の新卒社員にいきなり業績を求めるなんて、社長として恥もいいところです。新卒に期待しなくてはならないくらいに脆弱な経営をしている会社はないです。
むしろ社長が新卒社員に本当に期待すべきは、教えた仕事を一所懸命やってもらうこと、そして前向きに失敗し、会社に大迷惑をかけてもらうことでしょう。まっさらな新人の成長にとって大切なのは、なにごとかを一所懸命やる体験、そして一所懸命やったにもかかわらず失敗したという体験だからです。
わが社は社員を誉めることについては熱心な会社で、だから「だれが」「どんな失敗をし」「どれだけの業績を上げたか」を丁寧に記録し、定期的に表彰しています。そういうことを四半世紀以上も続けて分かるのは、特に新卒社員の場合、会社に一番多くの迷惑をかけた人材こそが新人賞なり優秀社員賞なりを獲得しているという厳然たる事実です。社長の私が出向いて謝罪しなければ収まらないような大クレームを引き起こした新卒社員が、しれっとその年の新人賞を獲得するというのはよくあることで、まこと失敗体験こそ成長の糧なのです。
社長が、はたまた管理職が若い社員の失敗を許さなければどうなるか。答えはひとつ、彼らはなにもしなくなります。なぜならば、なにもしなければ失敗することもないから。もっと簡単に言えば「仕事をしなくなる」ということです。それが組織にとってどれほど危ういかは多言を要しますまい。新人に任せる仕事は、額も責任もそれなりです。であればどんどん失敗させればいいのです。些細な失敗を咎め立てして成長機会の芽を摘むことのほうが、組織にとってはよほど損です。
社会とは「記憶力」ではなく「経験」で勝負する世界
さて、私のこの連載は若いビジネスパーソンにもよく読まれているという話を聞きましたので、最後に新卒社員のかた向けにメッセージをお送りしておきましょう。
あなたは、日経BP社の膨大なコンテンツ群の中からわざわざ私の連載をお読みくださっているくらいですから、きっと優秀なかたなのだろうと思います。高校・大学と特に大きな挫折もなく、充実した学業と課外活動に勤しんでこられたことでしょう。
あなたにはなぜそれができたのでしょうか? 理由は簡単です。あなたにはそれまで、勉強や遊びの「蓄積」があったからです。だから学年が進んでも応用を利かせることができた。あなたはその延長線上で、「仕事もきっと大過なくやれるはず」と思っているかもしれません。一言、「甘い」です。私は断言しますが、あなたはこれから嫌というほど失敗します。
なぜならば社会とは、経験がものをいう世界であり、そしてあなたにはその経験がほぼゼロだからです。あなたはこれまで(ということはつまり学校で)記憶力と、(記憶したことの)検索力で勝負できていた。しかし社会に出たからには、あなたが恃(たの)むべき武器はもはや記憶力でも検索力でもありません。ただひとつ、経験です。
あなたが失敗すれば、上司からは相応にお小言のひとつも喰らうでしょう。それはこれまで順調にエリート街道を歩んできたあなたには屈辱に感じられることもあるかもしれません。しかし上司には上司なりの立場なり思惑なりがあってあなたを叱っているのです。ここはあなたが大人になって叱責を受け容れてください。
失敗したことを恥じるのは大いに結構。失敗を繰り返すまいと決意するのはなお結構。しかしどうか失敗を恐れる人間にだけはならないでください。繰り返しますが、失敗こそが成長の糧です。そうである以上、あなたが失敗することはまぎれもなく組織に対する貢献です。
(構成:諏訪 弘)
Powered by リゾーム?