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 「エルメスと似ているところは3つあります。第1に匠の技術によって製品がつくられていること、第2に製品に最高の素材を使用していること、第3に最高の価格で販売していることです。ファンドは転売目的だから止血ばかりを考えるが、私はファンドとは真逆のことをやっています。本間はエルメスなのだからマーケティングさえしっかりやれば売上げは必ず増えるはずだと初めから考えていました」

「モノづくりはエルメス、マーケティングはヴィトン」

 しかしエルメスのままでは本間ゴルフの発展はなかったと劉氏はいう。

 「モノづくりの姿勢はエルメスでいい。しかしマーケティングはルイ・ヴィトンに学ばなければいけない。たとえばエルメスは本革にこだわり続けるが、ルイ・ヴィトンは本革と人工皮革の取り合わせなど様々な素材でバッグを作る。それを本間も見習うべきだと言いました」

 酒田工場での初スピーチで劉氏は本間ゴルフが経営破綻したこと、さらに民事再生を経て再建に取り組んでなお業績が回復していない現状を、社員それぞれの立場で考えるようにも迫った。

 「ここまで業績が悪くなったことには原因があります。販売の仕方や生産効率に問題がある。またこれからは実力主義でいきます。頑張った人には報酬で報いていきます」

 明快だ。劉氏は本間ゴルフのモノづくりに対して誰よりもリスペクトしていることをまず伝え、その上で経営上の問題点を指摘し、頑張った人には報酬で報いることを宣言したのである。

「誠心誠意を尽くせば必ず日本人社員に伝わる」

 しかし何よりも私が驚かされたことは会長就任から8年、今日にいたるまで劉氏がただの一人も中国人スタッフを日本に送り込んでこないことだ。

 「国をまたいだM&Aは失敗例が多い。中国の企業は必ず買収先に中国人幹部を送り込むが、私はそれをしなかった。一番難しいのはカルチャーの違いです。日本人と中国人は文化が違うし、考え方や感じ方が違う。そこに配慮することが不可欠だ。日本には『以心伝心』という言葉がある。『誠心誠意』を尽くせば必ず日本人社員に伝わります。それが私の信念です」

 現在、本間ゴルフは持ち株会社の傘下となり、本社の所在地は香港で日本の本間ゴルフはその子会社という位置づけであるが、日本の本間ゴルフで働く社員の環境は何も変わっていない。変わったことと言えば、日本の本社がお洒落な六本木ヒルズに移転したことくらいである。もちろん酒田工場は不変だ。こうした構図のなかで戦略は劉氏、執行は日本本社という役割分担が徹底して貫かれている。

 こんな経緯をへて本間ゴルフは、HONMA品質にこだわりを続けながらも、製品ラインナップや販売チャンネルは劇的に変えてきた。「リッチで巧いおじさんゴルファー」のブランドではなく、少しでも上達しようと真摯にゴルフに取り組んでいる「熱意系ゴルファー」へと、ターゲットを明確にしたのである。技量の異なる「熱意系ゴルファー」の誰からも支持してもらえるように、複数のモデルを揃えた。

 また従来は直営店だけでの販売だったが、量販店などにも門戸を開き、販売チャンネルを大きく広げた。要するに製品の品質にも販売手法にもこだわりを持ちすぎ、誤ったプライドで凝り固まっていた本間ゴルフに、大きな風穴を開けたプロのマーケッターが、劉建国という中国人経営者だったのである。

 本間ゴルフの社員たちの反応が興味深い。買収されたという感覚があまりないというのだ。