自動運転技術の開発速度を引き上げるために

 豊田社長が「e-Palette」のスピーチを行ったCES 2018で、じつはTRIは自動運転走行の新しい実験車も公開したが、IT企業とは違う、自動車メーカーならではの実験車となった。

 「Platform 3.0」と名づけられたこの実験車はLexus LSをベースに開発されたものだが、見苦しいセンサー類がクルマのサンルーフにコンパクトに納められるなど、そのまま販売できそうな外観に仕上げられている。しかもこれまでは前方だけであった障害物の認識範囲を、クルマの周囲360度、200メートル先まで拡大。大きな前進ではある。

 だがGoogleと純粋な技術差はまだまだ埋めきれない。

 そこでトヨタはグループの頭脳であるデンソー、アイシンの三社で、自動運転技術の開発速度を飛躍的に引き上げるために新会社「Toyota Research Institute Advanced Development(TRI-AD)」を3月下旬までに、東京に設立する。

 新会社のCEOにはTRIのChief Technology Officerを務めるジェームス・カフナー氏が就任。グローバルに1,000人規模の技術者を集め、社内公用語は英語。センシングデバイス、ディープラーニングによる認識、判断性能の向上や、自動運転用の地図の自動生成技術、ソフトウェアやデータハンドリング技術等々の開発を、これまでにないスピード感で進めていくという。

「どんな社会を思い描いているのか」を発信する責任がある

トヨタのコネクティッド部門を担当する常務役員の山本圭司氏(画像提供:トヨタ)
トヨタのコネクティッド部門を担当する常務役員の山本圭司氏(画像提供:トヨタ)

 「クルマは社会システムの一部です。クルマがネットを通じてあらゆるものに“繋がる(コネクティッド)”や自動運転技術によって、町のあり方やクルマの使われ方、社会そのものが変わっていく。そこにビジョンを示して、その実現のために汗をかくのが、我々トヨタやフォルクスワーゲンやジャーマンスリー(メルセデス・BMW・アウディ)などリーディングメーカーの責任ではないか」

 トヨタのコネクティッド部門を担当する山本圭司常務役員は、クルマのインテリジェント化がもたらす変化を、社会との相互理解のなかで進めていかなければならないという。

 「どんな社会を思い描いているのかを発信する責任がカーメーカーにはあると思う。モノを供給するカーメーカーという立場ではなくて、社会づくりに必要なクルマを担保しているメーカーとして」

 たしかにそれを発信することで、政策に反映されたり、投資が集まってきたりと相乗効果でクルマ社会が変わっていくのだろう。自動運転をめぐる多くの報道もそこまでは踏み込まない。

 自動運転のクルマを作ること自体は難しくない。しかし街中で自動運転のクルマが実際に走り回る社会を作るとなると話は違ってくる。Googleやトヨタ、あるいはメルセデスなどによる自動運転技術の革新と、自動運転のクルマで社会そのものを成立させることとは別問題だ。自動運転を許容しうる社会の到来を、我々はどのくらいの時間軸で考えたらいいのだろうか。

 「事故を起こした時に責任に対する法整備にも必要だし、難しい問題だ。自動運転社会は十年とか二十年とかのスパンではできないような気がします」

「Winner Take All」の世界 誰が競争相手で、誰が協力者なのか

 山本常務役員の話にはリアリティがある。

 「アメリカや中国のような広大な土地があって、ある特定の町だけ、インフラも整備されていれば完全自動運転社会が実現すると思いますが、東京みたいな都市で自動運転と非自動運転車が混在して走るような社会は10年、20年先でも難しいのではないか。クルマがすべて自動運転車に入れ替わらないといけませんから、もっと先になる」

 だからと言ってもちろん開発競争に余裕があるわけではない。「Winner Take All」の世界で、今は誰がコンペティターで、誰が協力者なのかもわからない。複雑で流動的で競争だ。

 さらにいえば、自動運転に対する社会の許容度も大きく影響してくる。完全自動運転車の事故発生率が、仮に人間が運転した場合の2分の1だという数値があったとしても、自動運転車が死亡事故を起こせば日本のマスコミは「待ってました」とばかりに扇情的に報じるだろう。客観的な安全の評価などあっという間に吹き飛んでしまい、テクノロジーの進化によるメリットを冷静に受け止められないに違いない。

 いずれにしてもクルマのデジタル革命の未来は、人間社会の未来をデザインする競争である。新しいモビリティ社会の構築に、日本企業が大きな役割を果たせることを期待したい。

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