京の都から離れて住む恋人

橋姫を祭る「橋姫神社」

 さむしろに 衣かたしき 今宵もや 我をまつらん 宇治の橋姫 

(寒い所に衣を敷いて 今夜も私を待っているのだろうか 宇治に住む恋人は)

 この和歌の「宇治の橋姫」は、京の都から離れた宇治に住む恋人を例えたものと解釈されており、この歌を元に、宇治の方に住む女性 (特に思いを寄せる恋人)を「宇治の橋姫」と例えて詠まれるようになったそうです。
 それで源氏物語の薫も、宇治に住む姫君たちを「宇治の橋姫」に例えたというわけです。

 つまり、「宇治の橋姫」はもともと、宇治橋の守り神であるとともに「京の都から離れた宇治に住む恋人」だったということです。

 それがいつから、恐ろしい鬼になったのでしょうか。

 さらに調べると、橋姫を鬼にしたのは、鎌倉時代に書かれた「平家物語」であることがわかりました。しかも「平家物語」そのものではなく、読み物として編纂された異本の「源平盛衰記」などに収録されている「剣巻」に登場しているのです。

 次の書き出しで始まります。

嵯峨天皇の御宇に、或る公卿の娘、余りに嫉妬深うして、貴船の社に詣でて七日籠りて申す様、「帰命頂礼貴船大明神、願はくは七日籠もりたる験には、我を生きながら鬼神に成してたび給へ。妬しと思ひつる女取り殺さん」とぞ祈りける。明神、哀れとや覚しけん、「誠に申す所不便なり。実に鬼になりたくば、姿を改めて宇治の河瀬に行きて三七日漬れ」と示現あり。

(日本文学電子図書館: 平家物語 剣巻 より抜粋)

 現代語に訳すると以下のようになります。

 嵯峨天皇の世に、ある公卿の娘が深く嫉妬して、貴船神社に7日間籠って「貴船大明神
よ、私を生きながら鬼神に変えて下さい。妬ましい女を殺したいのです」と祈った。哀れに思った明神は「本当に鬼になりたいのなら、姿を変えて宇治川に37日間浸れ」と告げた。