日本最古の七福神はほとんど商売繁盛に関わっていた!

 つまり戦乱が長引く中、京都の商人たちは一つの神様に参拝しているだけでは心が落ち着かず、他の神様にも参拝するようになり、「この神様、ご利益あったよ」などのウワサを聞くとたちまち参拝する、といったことを繰り返していたということです。

 そのうち複数の神様を参拝することが定着し、次第に七福神めぐりになっていったと伝えられているのです。なぜ「7つの神様」なのかは「七難即滅、七福即生」という室町時代の句にもとづくという説や、中国で尊敬を集めた老子思考の文人たち「竹林の七賢人」に基づいているなど、実に様々な説があります。どれが本当なのかはわかりませんが7という数字は国や文化を問わず人を引きつけるので、なんとなく7に収まったという説が案外、真実なのかもしれません。

 こうして誕生した「日本最古の七福神」はお馴染みの7柱の神様です。

大黒天 食物と財運の神 インド、中国の神様
恵比寿神 商売繁盛の神 日本の神様
毘沙門天 武運と財運の神 インドの財運の神様、後に中国で武運の神様
弁財天 福徳と財運の神 インドの神様
福禄寿 長寿と財運の神 中国の神様(道教)
寿老神 長寿の神 中国の神様(道教)
布袋尊 千客万来の神 中国に実在した僧侶

 こうして見ると、7人のうち6人が商売繁盛、財運、先客万来など、商売にご利益がある神様であることがわかります。さらに日本の神様は恵比寿神だけで、他の神様はインドや中国の神様です。もしかしたら、当時の商人たちは戦乱の中、商売や財運を守ってくれる神様を探して参拝していたのかもしれません。そのうち、日本の神様は恵比寿神だけになり、他の神様は外国の神様になってしまったのでしょう。

 そういえば日本の神道は、山や川などの自然や自然現象、神話の神、怨念を残して死んだ人に“八百万の神”を見出す多神教です。そこに商売の要素はあまり見当たりません。商売繁盛の神様として最も知られる「稲荷神」も元々は稲の神、つまり農業の神様で、商売をはじめ産業全般の神様になったのは中世以降といわれています。京都にある総本山の伏見稲荷大社も、商人の人気を集めたのは江戸時代だったと伝えられています。だから、戦の世に商売繁盛を願う商人たちは、外国の神様に救いを求めたのではないでしょうか。