伝来当初は「禁煙令」が相次ぎ出る

 いったいどんなPRを仕掛けたのでしょうか。さっそく日本のたばこ史とともに、京都のたばこ商「村井兄弟商会」の巧みな戦略を読み解いてみました。

 まずは、日本におけるたばこの歴史を振り返ってみましょう。
 JTの公式サイトには、以下のように紹介されています。

 たばこが日本に伝えられた当初、喫煙やたばこ耕作は、風紀の乱れや失火、米や麦の耕作 の妨げになるとして禁じられました。しかし、禁令下においてもたばこは流行していったため、次第に容認され、庶民を中心にし好品として広く親しまれていきました。

(JT公式サイトより抜粋)

 具体的には、どんな禁煙令が出されたのか、JTサイトに掲載されている年表を参考にさせていただき、時系列にまとめてみました。

1612年(慶長17年) 「大坂冬の陣」の2年前「キリスト教の禁教令」公布年。
喫煙、たばこの売買や耕作の禁令が公布される。
※これより前に禁令が出たという記録もあるそうです。
1614年(慶長19年) 「大坂冬の陣」が起こった年。
「禁煙令」が公布される。
1616年(元和2年)
~1622年(元和8年)
5度にわたり、たばこの売買および耕作の禁令が出される。
1623年(元和9年) 徳川家光が3代将軍になった年。
「禁煙令」が公布される。
1624年(寛永元年) 「禁煙令」公布の翌年、喫煙が許される。

 要約すると、徳川幕府が誕生して「大坂の陣」が起こった頃、「禁煙令」が相次いで出されていたことになります。それにも拘わらず、1623年(元和9年)に発令された「禁煙令」の翌年には、喫煙が許されています。
 なぜ許されたのでしょうか?将軍や幕府の幹部が愛煙家になったとか?いやいや邪推はやめて、その後のプロセスを見てみましょう。

 その後、喫煙については、1690年(元禄3年)に江戸で歩きたばこの禁令が出された程度で、たばこは江戸時代の武士や豪商に親しまれていたようです。また、この時代は年齢制限もなかったと推察されます。子どもがタバコを吸っていたというエピソードもちらほら見られます。

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