今年は“情報の乱”11年目

 こうして多様な文化や価値観がつくられる中、「応仁の乱」は終息し、京都に集まっていた大名たちが地元に戻って地元の民たちとリアルに向き合うようになったそうです。

「応仁の乱」の舞台になった「相国寺」本堂

 ここまで「応仁の乱」のプロセスを辿ってみて、なんとなく、私たちがここ10年ほどの間に体験したことと似通っているような気がしてきました。

 そう。インターネットとSNSが引き起こした“情報の乱”に似ているような気がしてきたのです。今は当然のように個人も自由に情報発信できていますが、ひと昔前、社会に情報を発信できるのはマスメディアだけでした。その中に個人が発信する情報が大量に流れ込んできて錯乱し、フェイクニュースの見分けもつきにくくなって、信頼していたはずのマスメディアの情報にも疑問を感じるようになっています。
 今、私たちは、将軍・足利義政が信じられず「応仁の乱」を巻き起こした大名たちと同じように「どの情報を信じていいのかわからない」といった状況に陥って、いつのまにか“情報の乱”の中で戦っているのではないでしょうか。

 しかも、SNSの先陣ともいえるツイッターが登場したのは2006年。今からちょうど11年前です。11年間グタグタと戦った「応仁の乱」と同じ期間、私たちもSNSが巻き起こす炎上やフェイクニュースとグタグタと戦ってきたことになります。だとすれば今「応仁の乱」が大ヒットするのは必然といえるでしょう。

 また「歴史は繰り返す」のであれば、この後“情報の戦国時代”がやってくることになります。フェイクニュースや炎上などに惑わされる中、そろそろ自分なりに「情報の定義」をつくって来るべき戦国時代に備えなければなりません。

 「応仁の乱」に学ぶなら、京都から地元に帰って、地元とリアルに向き合うようになった大名たちのように、バーチャルな世界から戻りいったんリアルな日常を見つめなおした方がいいのかもしれません。
 「応仁の乱」は“情報の乱”をどう戦い、どう抜け出すのか、大切なヒントを教えてくれているようです。

◆参考資料

『応仁の乱』(呉座勇一著/中公新書)
 京都市観光パンフレット、公式サイト など