大石神社の大石内蔵助石像(写真:殿村美樹、以下同)

 新生活が始まる春になると、「私の人生、このままでいいのかなぁ」と思う人が増えるようです。なかには思い切って転職を考えるビジネスパーソンもいるかもしれません。しかし転職はキッカケがなければ、なかなか踏み出せないものです。

 今回は「忠臣蔵」で有名な大石内蔵助が京都に滞在していた時のエピソードから、転職についてあれこれ考えてみたいと思います。

 「えっ?なぜ忠臣蔵で転職なの?」と疑問に思う方は多いでしょう。もちろん定説では、大石内蔵助と転職はまったく関係ありません。むしろ主君への忠誠を全うしたのですから、転職とは真逆といってもいいでしょう。

 ただ、大石内蔵助を一人の人間として見ると、「討ち入りは転職活動だったのではないか」と思える節があるのです。特に、大石内蔵助が京都の山科に残したエピソードには「討ち入りを果たして自分も死ぬ」とは考えていなかったような節がちらほら見えるのです。

 あくまで独自の視点ですが、さっそく大石内蔵助が残した京都のエピソードに迫ってみましょう。

大石内蔵助はフツーのサラリーマンだった?

 まず「忠臣蔵」はどんな物語か、振り返ってみましょう。

 江戸時代初期、赤穂藩主・浅野内匠頭が江戸城の松の大廊下で、旗本の吉良上野介に斬りかかり、吉良は助かったが傷を負った。時の将軍・徳川綱吉は激怒し、浅野に即日切腹を命じた。しかし吉良には何のお咎めもなかった。

 同時に赤穂藩は改易(武士の身分をはく奪し、所領を没収すること)、赤穂城も明け渡しを命じられた。筆頭家老の大石内蔵助と家臣たちは「吉良にも原因があるはずなのに、なぜ赤穂藩だけがこんな憂き目に遭うのか」と反発。主君の恨みを晴らすために吉良邸に討ち入り、主君の仇討ちを果たして切腹した。

 これはまさに主君に対する忠義を貫いたヒーローたちの物語。今も人々の心をとらえて離さないのは、赤穂浪士たちの一途な想いと潔さが心に刺さるからでしょう。ただ裏を返せば、「命をかけて忠義を尽くすなんて、私たちにはとてもできない」といった“非現実的な憧れ”があることは否定できません。誰もできないことをやり遂げたからこそ、彼らはヒーローなのです。