政界にも広がる「悪い」仲間意識

 このような状況は、産業界だけではない。政界も同様だ。

 長らく話題になっている森友・加計問題は典型的な例だろう。森友問題で言えば、財務局は森友学園に国有地を売る際の価格は、「地中にごみがある」という理由で鑑定価格9億5600万円から約8億2千万円差し引かれ、1億3400万円になったという。しかも、近畿財務局と学園側との交渉の記録や報告書は破棄された。これは全くあり得ないことだ。

 11月22日、森友学園との売却交渉の経緯を調べた会計検査院は、「試算では、ごみの量は最大で約7割減る」と指摘した。これに対する安倍首相の答弁は「事務方が了承したから、問題ないと思った」というものだった。

 この発言から、安倍首相は全く責任を感じていないことが分かる。本来ならば、彼が責任を取るべき話ではないか。

 問題は安倍首相だけではない。本来、このような問題が起きれば、自民党内部から「それはおかしい」という声が上がってもいいはずだ。

 かつての自民党では、そういった議論が起こっていた。昔の自民党は、主流派、反主流派、非主流派が激しい議論を交わし、党内部は非常に高い緊張感を保っていた。

 本コラム「“茶坊主”ばかりの自民党が崩壊するシナリオ」でも述べたように、中選挙区制から小選挙区制に変わったことで、その構図が消滅してしまった。自民党の議員たちは皆、安倍首相のイエスマンになり、1強他弱の状況に陥ったのだった。

 中には批判をする者もいる。しかし、石破茂氏などが安倍首相に対する批判を述べると、自民党内部で孤立してしまうのだ。

 イエスマン議員たちは、この国がどうあるべきか、自民党がどうあるべきか、という本質的なことを全く考えていない。議論も出てこない。ただ党内の空気を読み、選挙で当選することだけを考えている。

 このように、産業界から政界までもが、緊張感がない。皆、悪い仲間意識に染まっている。こうあるべきだという考え方や、間違っていると思ったら批判するという選択肢が失われてしまっている。

 これは日本の大問題だと僕は思う。企業も政治家も、何のために存在しているのか。企業は、顧客のニーズに応え、製品やサービスの品質を向上させることを第一にすべきではないか。政治家も、国民を第一に考えるべきではないか。今一度、原点に立ち返ってみてほしいと思う。