トランプ米大統領のアジア歴訪が中盤に差し掛かっている。11月6日に安倍首相と日中首脳会談。翌7日に韓国の文在寅大統領と米韓首脳会談。そして、9日には中国の習近平国家主席との米中首脳会談が行われた。
日本、韓国ともにトランプ氏を異例の厚遇でもてなし、中国に至っては「国賓以上」の待遇をアピールした。
前回、「トランプは訪中で『ポスト金正恩』を話し合う」でも述べたように、日米首脳会談の焦点は、「経済」と「北朝鮮問題」だった。
日本政府は当初、日米の2国間自由貿易協定(FTA)について非常に厳しい要求をされるのではないかと危惧していたが、今回、トランプ氏から具体的な言及はなかった。これについては、引き続き麻生太郎副総理とペンス副大統領による日米経済対話で協議していくことになる。
日本政府は安堵したが、その代わりトランプ氏は、日本に米国製の武器輸入を増やすように要求してきた。しかも、最新鋭ステルス戦闘機F35などの品目も指定したのだった。
安倍首相は即応し、「日本は防衛力を質的に、量的に拡充しなければならない」と述べたうえで、F35、迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」などを米国から導入すると表明した。
このことで、日本の防衛省は非常に困惑している。一つは、米国製の武器を大量に輸入するとなれば、日本の防衛産業が冷え込むのではないかという懸念だ。米国から購入する品目の多くは高額であることから、その影響も大きなものになる可能性がある。
もう一つは、米国製の武器を導入させることで、米国は日本を戦争に巻き込もうとしているのではないかという懸念である。特に今は、北朝鮮問題への緊張感が高まっている。万が一、米国が武力行使に踏み切るようなことがあれば、日本も関わらざるを得なくなる可能性もある。
ティラーソン氏は辞任の可能性が高い
今回のトランプ氏の訪日で予想が外れたのは、ティラーソン国務長官の動向だった。
彼は、日本で言えば外務大臣だ。一般的に考えれば、トランプ氏と同じ飛行機でやって来るはずである。ところが、ティラーソン氏はトランプ氏とは別の飛行機でやって来た。
トランプ氏がティラーソン氏との同乗を拒んだのか。あるいは、ティラーソン氏が拒んだのか。
関係者に聞いたところ、どうも後者であるという。ティラーソン氏が、トランプ氏と距離を置こうとしているということだ。
この一件から、今年の年末から来年早々には、ティラーソン氏が辞任するか、解任されるのではないかという憶測が広がっている。
事の発端は、9月末にティラーソン氏が中国を訪れた時のことだ。彼はそこで、記者団に対して「北朝鮮側に対話の意思を伝えている」と述べた。
ところが、その一件を知ったトランプ氏は、「対話など無駄だ。そんなことをしても、北朝鮮に核開発の時間を稼がせるだけだ」と怒りを表明した。
こうして北朝鮮問題に対する考え方の違いが露呈し、両者の間で溝が深まっていったというわけだ。実際、二人の関係は今、相当悪化していると思われる。
さらに米国内では、ティラーソン氏の後任の候補名まで出てきている。例えば、ニッキー・ヘイリー国連大使や米中央情報局(CIA)のマイク・ポンペオ長官だ。特に、インド系米国人のヘイリー氏は相当なタカ派で、トランプ氏の考え方に近いと言われている。
「完全に一致」発言は「武力行使を認める」を意味する
北朝鮮問題について、トランプ氏はかねてから「戦略的忍耐の時期は終わった。徹底的に圧力をかけるべきだ。その先には、武力行使もあり得る」と主張している。
今回の訪日の前には、米軍高官と「北朝鮮を攻撃するにはどうすべきか」という話し合いまでしていたという。
日米首脳会談後の共同記者会見では、その内容までは語られなかったが、安倍首相は次のように述べた。
「対話のための対話では全く意味がない。北朝鮮の政策を変えさせるため日米が主導し、国際社会と緊密に連携して、あらゆる手段を通じて北朝鮮に対する圧力を最大限まで高めていくことで完全に一致した」。
安倍首相は、この会見の中で「完全に一致した」という表現を何度も使っている。北朝鮮問題において、日米の連携を強めることを表しているのだろう。
トランプ氏は圧力強化の先に武力行使があると述べている。つまり、安倍首相の「完全に一致した」という発言は、「武力行使も認める」ことを意味している。
本コラムでは何度も述べているが、もし、米国が北朝鮮に武力行使をすれば、北朝鮮はその報復として、韓国や日本に攻撃してくるだろう。その場合は、両国に相当な被害が出る。
マティス国防長官や、ティラーソン氏はそれを危惧し、圧力をかけてトップ会談に持ち込む路線を主張してきたが、トランプ氏は「トップ会談では北朝鮮に核廃棄までは持ち込めない。せいぜい核凍結だろう」と強く反対した。彼は、あくまでも核廃棄を望んでいるのだ。
さらにトランプ氏は、オバマ氏を含める過去20年間の北朝鮮戦略は失敗だったと強調している。「これまでの大統領と自分は違う」と米国内にアピールしたいという思惑もある。
一方で、日本が北朝鮮に対する圧力を強化すると言っても、実際にできることは、あまりない。北朝鮮問題は、トランプ氏の動向にかかっているというわけだ。
最大の焦点は米中首脳会談
今回のアジア歴訪での最大の注目はやはり、習近平氏との米中首脳会談だ。
具体的には、北朝鮮の貿易のうち、約9割が中国との取引だ。これを全部ストップすれば、北朝鮮の経済は成り立たない。特に、中国が原油の輸出を止めれば、北朝鮮の軍は機能しなくなるうえ、一般国民の生活が行き詰まる。
米中首脳会談の結果、トランプ氏は中国に30兆円近くもの買い物をさせることに成功した。だが、共同記者会見を見る限り、肝心の北朝鮮問題では何ら具体的な内容が示されなかった。だからこの後どうなるかは、正直なところよく分からない。だが、米中が決裂したわけではない。会見でトランプ氏が不機嫌ではなかったことからも、何らかの合意はあったと見るべきだろう。
中国としては、もし、北朝鮮への原油の輸出をストップすれば、北朝鮮が暴発する危険性があると見ている。下手をすれば、北朝鮮は中国に向けてミサイルを発射する可能性すらある。
一方で、北朝鮮も核廃棄に応じる気配はない。
北朝鮮は、体制を維持するために、外国からの攻撃の「抑止力」として核を開発していると考えられていた。僕もそう思っていた。
ところが、それ以外の可能性もあるという意見がある。2003年から2007年にかけて、米国、日本、中国、韓国、ロシア、そして北朝鮮の間で6カ国協議が行われた。これは、北朝鮮に核を開発させないことを前提に開かれたものだった。
しかし、北朝鮮はその間も密かに核開発を進めていた。2006年10月には核実験に踏み切ったのだった。
金正恩も祖父、金日成と同じ目標に向かっている
実は、金正恩の父、金正日が核開発を進めたのは、「抑止力」という思惑だけではないと言える。その父・金日成の「朝鮮半島統一」という目標を実行するためだという見方があるのだ。
金日成の目標を遂げるためには、核兵器を持たざるを得ない。だからこそ、6カ国協議を裏切り、核開発を進めていた。となると、金正恩も同じ目標に向かっていると考えても不思議はない。
米朝どちらも譲らないのであれば、中国の動向によっては、米国の武力行使の可能性は高まることになる。となると、もし米国が武力行使に踏み切った場合、日本はどのように協力するのかという点が問題になる。
ところが、今回の日米首脳会談では、その話が全く出てこなかった。日本が北朝鮮から報復攻撃をされる可能性についても触れられなかった。日本のマスメディアもほとんど触れていない。
日本はミサイル迎撃システムを配備しているが、それらがすべて完全に機能するとは言えない。僕は、かつて防衛省の幹部にその成功率を尋ねたところ、回答を避けられてしまった。日本のマスメディアは、米国の武力行使に対する危機感をもっと強めるべきである。
トランプ氏は、韓国の国会での演説で北朝鮮に対し、「我々はよりよい将来のための道を与える。そのための条件は弾道ミサイル開発の中止、確認できる完全な非核化だ」と述べたうえで、「アメリカの都市が破壊の脅威にさらされるのを認めるわけにはいかない」と武力行使の可能性をちらつかせた。
米国と中国の間での着地点を見出せるのだろうか。中国メディアによると、習氏は「北朝鮮問題などで協力を強化し、中米関係をさらに発展させたい」と述べたそうだ。額面通りには受け取れないが、米国と中国そしてロシアの出方が北朝鮮、日本、韓国の未来を大きく左右するだろう。
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